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思い その77「日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない… そう思ってました」


ビジネス風景WEBで調べ事をしていたら、妙にストレートなタイトルの記事が目に入ってきました。そのタイトルは「言ってはいけない!『日本人の3分の1は日本語が読めない』」。文春オンラインに掲載されていました。このタイトルを見て、「えーっ! 嘘だろ! そんなことがある筈がない」と思った人と、「うーん…、かもしれないなあ」と思った人の二つに分かれるのではないかと思いますが、多分前者の方がかなり多いでしょうね。私は後者の方です。仕事を通じて思っていたこととそれほどのズレはありません。むしろ、3分の1ってのは控えめじゃなかろうか、と。この「日本語が読めない」というのを一般的な「識字率(しきじりつ:文字の読み書きができる)」と取ればこの記事は間違いでしょう。日本人の識字率は1970年代でもう95%を十分に超えていたと記憶しています。統計的に考えれば、ほぼ100%の識字率です。ですから、みな日本語は読み書きできます。

ではなぜ「日本人の3分の1は日本語が読めない」なんて記事が出てくるのでしょうか? この日本語というのを「言葉・文字」ではなく、「読解力」、即ち「文章を読んで、その意味を理解すること」であるとすれば腑に落ちるのではないでしょうか。言葉というのは「読み書き」ができたところで、その意味が分からなければ役にはたちません。当然ながら。日本語の「読解力」をお持ちの方は色々な方とのコミュニケーションの中で、思いつくところがおありではないでしょうか。私は大いに感じました。別に、「自分は日本語の能力が高い」と、上から目線的で自慢したい訳ではありません。OECD(経済協力開発機構:けいざいきょうりょくかいはつきこう Organisation for Economic Co-operation and Development)の調査によれば「先進国の成人の半分が簡単な文章を読めない」という事ですから、日本人はそれに比べれば母国語への「読解力」が高い方だと思います。

少なくとも、フリーランスとしてプランナーなる仕事で日々の糧を得ようとすれば、その成果物である企画書にお金を払ってもらえねば生活はできません。それは私。この企画書は多くの人にその企画意図、施策内容について分かってもらうためのものです。どんなに見た目が立派でも、分かってもらえなければ価値がありません。ですから、常に専門的な用語は極力排し、誤解を恐れずに言えば「子どもにでも分かる」ような文章でまとめないと、なかなかに理解していただけません。ですから私は、手間はかかりますけど画像やイラストを多用して企画書をまとめていました。もちろん企画書は日本語で書きます。外資系の場合でも窓口は大体日本人でしたから、特に英語などを使う必要はありませんでした。内容を理解していただくのはいつもけっこう難儀な事で、ですから、プレゼンテーション(提案・説明)も自分でやっていました。

「おれは日本語を十分理解している」と思われている方、試しに「読む」ではなく、それによって理解した事を「書いて」見てください。偉そうな言い方になりますけど、おそらく意外と上手く「書けない」と思います。それは、ちゃんと「読解」していないからなんです。記事には「日本人の3分の1は日本語が読めない」に加えて、以下のような事も書かれていました。

(1)日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。
(2)日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない。
(3)パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。
(4)65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない。

(2)の「数的思考力」をできるだけ簡単に説明すれば「抽象的・定性的な、数字では表せない『質』や『意味』『文脈』等を考える力」とは違って「定量的、つまり『数字的』に物事を捉えて考えること」です。例えば、立体の「展開図」を考えたり、「知恵の輪」を解くなんてのもそうでしょうね。(3)(4)のパソコンに関しては「使える」という事の基準が難しい。「おれはメールもWEBの閲覧も不自由なくできる」という方は多いと思いますけど、「使える」という事を「生産」ということで考えれば、先に「企画書」作成の話をしましたけど、資料なども含めてドキュメントを作成したり、調査データを統計手法で分析したりすることができるか、ということになるでしょう。こうなると「使える」といえる人はグンと少なくなると思います。

誤解無きよう(誤解されてもいいですけど…)エクスキューズ(言い訳)をしておけば、別にこの記事で自分の自慢を、先に述べたように上から目線でやろうとしている訳ではありません。私はフリーランスですから、社会的には不安定な環境・身分にあり、「弱者」です。会社・企業を相手に個人で商売をやっています。実際、収入はジェットコースターみたいなもので、良い時もあれば溜息も出ないような時もあります。何故そのような環境にいるのか、ここでは本題ではありませんので割愛しますけど、そのフリーランスの仕事を通じ、多くの勤め人(サラリーマン)の方々と接してきた経験として、OECDの調査結果に、失礼ながら納得してしまうのです。

しかし、それで何か不都合があるのでしょうか? ずっと昔はどうだったのかは知りませんけど、悲しいかな、「新しい事、今までに無かったような事」を探るための力がかなり落ちてしまうのではないかと考えます。また、では「どうしてそのようなことになったのか?」という事なのですけど、これは今になっての事なのか、はるか以前からだったのかは分かりません。OECDも数百年前からあったわけではないでしょうから比較できるようなデータがありません。パソコンなどは、まだまだ現れてからそれほどの時間が経っている訳でもありませんし、ドキュメントや資料作成、分析が「手作業」の時代には、もっとちゃんとできていたとか、言い切れませんよね。

で、それだと、記事を引用して、「うん、そう思う」ってだけの内容になりますので、ここで個人的な「仮説」を一つ。これはどこかの記事に書いた記憶があるのですけど、「人は仕事をしている時、自分は頑張って仕事をこなしていると感じているが、要は機械的にその作業をこなしているだけの場合が多い」という事実をTVか何かの特集で見たことがあります。その結果として、脳内の血流に偏りができ、場合によってはうつ病などの精神疾患を引き起こしてしまうとか。これは大企業で「仕事ができる」と評価されている人にも起こり得ることのようで…。つまり、我々は、色々やっているようでも、例えば組織などの必要から与えられていることをこなしているだけだとしたら…。そこにあるのは「思考の虚弱化」「思考の停止」では…。要は「理解しているようで理解していない。やっているようでやっていない」という、身も蓋もない表現になってしまいますけど。

「そんなことはない!」と言い切れる方、いなくはないと思いますけど、大きなお世話ながら、組織内でお会いした多くの方々たちを、所属のない個人の目から見たら、けっこうOECDの調査結果はリアリティがあると思えます。まあ、日本は比較的良い方じゃないですかね。

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