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思い その59「DH制のパリーグがセリーグより強いって… それが何か?」


考える もう、プロ野球ファンを半世紀近く続けています。私の出身は瀬戸内海沿岸の某地方都市ですから、どこのファンであるかはご忖度願います。生まれた時から「赤い遺伝子」を持っているのです(ウソ、赤くなったのは1975年、昭和50年からです…)。昔は良かったですね。弱くて負けるのが当然ですから、勝ったりしたら「ホンマかいな!」ってなもんで大喜び。しかし、初めての優勝という「奇跡」を体験し、黄金時代なんて夢のまた夢の現実を幸か不幸か知ってしまった身には、「負けると悔しい」という、まあ、当たり前のファン心理が備わってしまったのです。あの、赤い頭になるまでは「負けて悔しい」なんて、あまり思わなかったですね。球場に行っても楽しみはヤジ…(お行儀は悪いかったです、ハイ…)。「こがあな、チームが勝てるわけ無かろうが(方言)」ってな感じで、もし勝とうものなら、ドンチャン騒ぎです。次の日は朝からみんなニコニコ。滅多にないことなのでご機嫌♪ 今は、負けてしまうと1日ドンヨリと気が重く、新聞もTVも見ません。勝つと「ほれ見い! わしがゆう通りやっとりゃ勝つんよ!」と、ファン全員が監督となります。

まあ、そんな能天気なファン心理は置いといて、昔はセリーグとパリーグの交流戦や、WBCで世界の野球代表チームが闘い、オリンピックでもメダルと誇りをかけて闘う時代が来るなどとは夢にも思いませんでした。ましてや、日本の野球選手がメジャー・リーグで活躍するなんて…。とにかくプロ野球界は私が子供のころから見たらまるっきりその景色が変わってしまいました。当然、良い方に。そのうち、世界でリーグが発足し、アジア・チャンピオンリーグ、ヨーロッパ・チャンピオンリーグ、南米・チャンピオンリーグなんてのができて、本物の「ワールド・シリーズ」としてMLBと世界が互角に戦う日が来るのでは…。WBCの延長線上にそんな夢の景色が見えてきます。

今生ではなく、来世でもいいから、見てみたい! ってなことは置いといて、ここで書きたいことは、日本のプロ野球「交流戦」の事です。アメリカにも「インター・リーグ」ってのがあり、まあかつてのメジャーリーガーたちのストライキ騒動でファンの野球離れが深刻な問題になった時、その打開策として実現したものですが、それを真似したようなものが日本の「交流戦」でしょう。リーグが違うチーム同士の対戦カードを組む苦労はNPB(日本野球機構)もMLB(Major League Baseball)も同じで、日本は現状、ホームとアウェイを年替わりでセ・パが3戦づつ闘いますが、アメリカは開幕カードから最終カードまでに最低1カードの交流戦を組むという事で、まあ、球団数と移動距離を考えれば、そんな感じでしょうね。開幕戦が交流戦になるってこともあるみたいで。

しかし、それもこれも「ファンが望む試合を見せる」ことが目的であり、事実、これまでなら実現しなかったカードを見ることができるわけで、ファンとしては楽しくない筈もありません。これは有名な、MLBで「オールスター戦」が行われることとなったキッカケである、「ヤンキースのベーブ・ルースと、ジャイアンツのカール・ハッベルの対決が見たい」という少年の投書から新聞記者がその実現のために奔走して実現した、という有名な逸話を引き合いにするまでもなく、先に述べた「ファンが望む試合」を見せることはプロとしては当然です。

で、かつての素朴な田舎のプロ野球ファンであったころとは違って、勝利の味をなまじ知ってしまったオヤジは日々、胃の痛い思いをしながら一喜一憂、七転び八起き、七転八倒でプロ野球交流戦を楽しんでいます。リーグ戦はもとより。

なのですが、どうにも気に入らないというか、本来は「変」の方に書きたいくらいの不満を持っています。その対象を一応上げるとすれば、「スポーツマスコミ」でしょうなあ。まあ、日本にスポーツだけではなくジャーナリズム(報道のチェック、多数意見へのカウンターがその使命であると思っています)なんて、あったのかなかったのか、あるのかないのか、と感じていますけど、その連中が毎年毎年、飽きもせず「今年も実力はパリーグ! セリーグは下位(弱い)」ってはしゃぐこと…、に気が滅入ります。誰か一人くらいまともな事を記事として書いてくれないものでしょうかね。提灯ぶら下げての行列は相変わらずの得意技…。マスコミとやらの…。

あのですね、「インター・リーグ」もそうですけど、「DH(Designated Hitter)制」も、MLBアメリカン・リーグやNPBパ・リーグの「人気低迷の打開策」として導入されたものです。野球選手は本来「走・攻・守」が揃って初めてレギュラークラスの選手になれるものですが、中には「走・守」が全くダメで、「攻」だけがズ抜けている選手がいます。本来は「代打」で活躍すればいいのですが、その打棒でお客を呼びたいという思惑で導入されたものです。これに関しては「ファンが本当に望んでいた」ものなのか、少々疑問に思っています。「打つだけ」が野球なら、オールスターの時の様なホームラン競争で客を集めればいいのです。私はそんなものに興味はありませんが。投手であっても「打って・走る」べきです。それが野球!

「DH制の導入」は本来的な野球を変えてしまいます。「打」に関してアクティブな選手が一人、枠が増えるのです。投手は「(投手がいない)切れ目のない打線」を相手にしなければなりません。投手も打つべき、とは言いましたが、そこは下位打線、なかなかに打てるものではありません。この上位と下位の打線というつながりが「試合の流れ」を作るのです。「DH制」にも「試合の流れ」があるでしょうが、「打つ方はとにかく打つ」「投げる方はとにかく投げる」訳で、その「流れの妙」が少々大味なものになるのは仕方がないでしょう。それが結果的に「打力」を上げ、「投手力」を上げたとしても、同じ条件のリーグの中では五分五分です。

しかし、「DH制」のないセ・リーグは野球の質が違うのです。どちらが良いとか悪いとかの問題ではありません。とにかく「質」が違うのです。同じ野球ではあっても、「DH制」というルールが違うのです。投手も打席に立つセ・リーグでは上位打線と下位打線とのコントラストが明確であり、試合相手とのその巡り会わせが実に妙味のある「勝負の綾」を演出してくれます。故に、代打起用、投手交代、攻撃の戦術、守備の戦術等々、かなりきめ細かい対応が必要となります。片や、「DH制」はそこが全くの分業ですから「打つ方」と「投げる方」は別々に考えればいいわけで、その絡みによる妙味は薄くなります。とはいえ、「DH制」は「分業」であるがゆえに「パワー」は育ちます。これは事実です。簡単に言ってしまえば、セ・リーグとパ・リーグの野球は、その「闘い方」が違うのです。

ただ、その結果、「やはり、パ・リーグが強い!」という提灯行列がなぜ起きるのか? MLBでも「DH制」のないナ・リーグの分が悪く、十数年「DH制」のあるア・リーグが勝ち越しているそうです。日本の「交流戦」と同じです。事情が一緒ですから、同じになりますよ、そりゃ。まあ、単純に言ってしまえば、「DH制」のあるパ・リーグは「選手がアクティブで強い」がその分、監督の采配はあまり必要ではない。「DH制」のないセ・リーグは「選手起用に制約がある」がその分、監督の采配が重要。それだけの事でしょ。では強くなるのなら、セ・リーグも「DH制」にすれば、って? あのね、サッカーのあるリーグがディフェンスの選手2人までは手を使ってもいいなんてのが出て来たら、そのリーグのサッカーは違うものになるでしょ。「強い」ことに価値はあるけど、少なくとも野球ファンである私は、「采配の妙味、戦術展開の機微」なるものがこの上もなく見ていて楽しいのです。それはルールによるもので、「DH制」になるとそれが希薄になります。それは面白くない。

セ・リーグが「DH制」になったら、それは面白くないことですが、まあ、野球ファンであり続けるかどうかはその時に考えればいいわけで、私は、子供のころから親しんでいる「9人で闘う野球」が好きです。交流戦の成績なんて(勝つに越したことはありませんが)、二の次。

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