「不思議」「怖い」「変」を普通に考える。タイトルバナー

思い その55「過去と未来に苛まれる人間 今一時を生きるチンパンジー」


考える 新聞は毎朝目を通します。面白い記事があればスクラップもしますが、体裁よくまとめるのは面倒くさいので、切り取ったまま机の上に置いておきます。で、よく無くなります。あの時切り取った記事は何だっけ…、なんてしょっちゅうです。なんか、リスみたいですね(オヤジですから、そんなに可愛くないけど)。リスは、冬に備えてドングリなんかを食料として集めて、どこかに埋めたり、木の隙間に隠したりするらしいのですが、よくその隠した場所を忘れるそうです。私の場合は別に隠したりはしませんが、とにかく「どこに置いたのか」「何が書いてあったのか」「何で切り取ったのか」などなど、スッカリ忘れてしまいます。「ま、いいか」ですけどね。大切な事なら思い出すだろうと、気にしないことにしています(ホントは、気になる)。

で、そんな切り取った記事がヒョンなところから出てくる時があります。机の後ろや本の間なんてのは定番で、時には鞄の中からとか、隣の部屋の棚の上からとか…。まあ、何かの拍子にそこへ入れたか置いたかしたのでしょう。眼鏡もよく行方不明になります。で、今回ヒョンなところから出てきた記事というのは、机の上に置いてあって、長く気が付かなかっただけです。「何だ?」と思って見てみると比較的最近切り取った新聞のコラム欄でした。あまりに当たり前の所に置いてあったので、忘れてしまったのでしょう。

その切り抜きは某朝日新聞の1面にある「折々の言葉」(2017.3.10)。たまに、面白い、もしくは、何だよこれ、ってイチャモンを付けたくなるようなことが書かれていると切り取ります。机の上に置かれていたのは、イチャモンを付けたくなるやつでした。その日の言葉としてこう書かれていました。「(抜粋)絶望するのと同じ能力、その未来を創造するという能力があるから、人間は希望をもてる」とか…。この手の言葉はもうゲップが出るほどあちこちで見かけます。特に最後の「希望がもてる」なんてシメの言葉…。もう、予定調和の最たるもので、脱力系です。

何にイチャモンを付けたいかって? 簡単にお答えすると「当たり前すぎて、面白くないどころか、ムカつく」からです。その言葉に連なって書かれている解説文が余計に脱力を誘います。「(中途抜粋)ヒトは、過去や未来といった不在の時に心をたなびかせる。だから、過ぎし日を懐かしみ、後悔もすれば、行く末を案じ、祈りもする」とか…。だから、何なんだよ、って突っ込みたくなるんです。そこに、ヒトの知性や教養、考える力から出る「突破力・解決力・深耕する力」等々が何も感じられない、いや、それが「無い」から、ムカムカとするんですね。私は、「ナルシシスティック (Narcissistic)」なものは嫌いです。何も「起こさないし、変えられない」からです。ただそれだけの事ですから、そんなのどこかで「一人」で楽しんでよ(だから「自己陶酔的」なんでしょうけど)、って言いたいですね。「イヌはイヌであり、ネコはネコである」ってことに、間違いは無いけど、当たり前すぎて、ハイ、そこでお終い。何ですかね、そんな言葉って。余韻もない。

なんですけど、その解説の冒頭に書いてある言葉が面白いのです。「(抜粋)チンパンジーはつねに『今、ここ』を生きている。だから一瞬ぱっと目の前に示された数字を丸覚えするのは上手だが、ずっと先のことに思いをはせたりはしないので、絶望もしない」。これは、チンパンジーとヒトとを対比させて、「だからヒトには希望と、想像する力がある」って結びになっています。それが予定調和的過ぎてイヤになるのですが、これを逆さまにすると面白いことこの上ない、のです。

ヒトは「過去」と喧嘩をし、「未来」と喧嘩をして、時にはボコボコにされてしまう。そこに「居もしない相手」に。しかし、チンパンジーは、今、目の前にいる「現実」と喧嘩をし、実体のあるものを相手にして生きている。さて、どちらが賢いのか。「存在」として、現実に対して「真」であるのか。まあ、チンパンジーの方でしょ。なぜなら、現実に対しての「絶対的な生の肯定、絶対的な世界を受け入れる力、在りもしないことに惑わされない力」等々、圧倒的にチンパンジーの方が強いでしょ。断っておきますが、ヒトが「人類の歴史」として営々と築き上げてきた「知恵の蓄積と、創造性」を否定しているのではありませんよ。そのような文脈にはなっていません。

ヒトは「過去」と「未来」に振り回されて、一人芝居でクタクタになる特技を持っています。あえて言いたいのですが、少なくとも「人生を半分以上生きた者(過去が未来と同量以上)」であれば、「今の自分」は「過去の上に成り立つ個」であり、その個は「未来という、瞬時に過去の蓄積となる時間を不可逆的に進んで行く者」であるということを知るべきです。「連続する今」に存在する(進む)「絶対的な個」にとって、そこにある、後悔や怖れ、不安などは道端の石ころみたいなものです。もし「ヒトの想像」という力が「後悔・怖れ・不安」を拡大させる力なら、それはただの「宿痾(しゅくあ):持病」でしょう。

私は運命論者という訳ではありませんが、「運命」というものがあることは認めています。しかし、そんなものどっちに転ぶか誰にも分かりません。過去はどうしたって変えることなんかできません。せいぜい誤魔化すか忘れるかくらいのものでしょう。未来への不安・怖れなんてどうやっても払拭はできません。であれば、「今」が最も大事な瞬間ですから、そこを生きて行けばいいのです。チンパンジーと同じく「絶望」などせずに、全てを認めて。チンパンジーが「胸を張れる」骨格かどうか知りませんが、人も「今一時」の力をチンパンジーに学んで、というよりチンパンジーになって胸を張って、「大丈夫、心配ない。なんとかなる」と毎日を送りましょう。決してそれを「刹那主義」と呼んではなりません。時間は止まることなく、イヤでも前に進むのですから。

「えっ…? それでダメになったらどうするって?」。そりゃ、仕方ないじゃないですか。何やろうがダメなときはダメになるんですから、そんなことを考えるより、今食べているご飯を美味しくいただきましょうよ。今、目の前にいる人(犬でも猫でも)を大事にしましょうよ。そうすれば「変なもの」に憑りつかれなくて済むことだけは確かです。超ポジティブで強烈な「生=存在」の力をチンパンジーから分けてもらいましょう。すでに、チンパンになってる人もいるかもしれませんが。そんな方にお伺いします。「そこに見える景色は、どんなものですか?」。

「思い徒然」編 目次へ



【商品検索】Powered by Amazon

↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

■これからギターを始められる方のご参考にでもなれば。
「雑学を楽しむ」サイト
テキトー雑学堂 バナー
「花を楽しむ」サイト
花を飾る バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.