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思い その52「自分はホームレスなんかにならないって思っている人へ」


考える 前回の「その51」に「これ、極論じゃないですよ。誰でもホームレスになる可能性はあります。会社を離れると」、ってサラッと書いてしまったので、どうしてもそのあたりのことを書きたくなって、続編(じゃないか…)のような形で、また「あまり面白くもない」ことを書きます。こんなテーマに興味を持つ人は少ないと思いますが、この編のコンセプトは「思い」ですから、気儘ご容赦ということで…。まあ、これは都市部での話だとは思います。地方は疲弊しているので、それはそれで違った形の理不尽が起きているでしょうけど。まず、多くの企業が集中している都市部では当然、会社勤めの方(サラリーマン)が多いはずです。その方たちはこの国の中間層(か、もう少し上)にあり、物質的に豊かな暮らしを送られていると思いますが、その横にバックリと底の見えない穴が空いているのです。

以前、どこかの記事にチラリと書いたかと思うのですが、ある若手サラリーマン(そこそこの会社で収入もいい)に「ホームレスって、気が付いたらなっていたって人が多いと思う。誰にでもその可能性はある」ということを言ったら、薄笑いとともに帰ってきた言葉が「そんなことありませんよ。自分の能力が足りないから、そうなるんですよ」。私、正直言って、なんと世間知らずで、社会をリアルにとらえる能力に欠けているのかと、少々驚きました。おそらく彼は「成功体験(と思っているでしょう)」をいくつか持って、それなりに頑張り、何年も、そしてこれから何十年も今の会社、もしくはもっと良い他の会社で自分は過ごすということに、微塵の疑いも持ってはいないのでしょう。これは殆どのサラリーマンがそうではないのかな、と思います。根拠は、「自分には能力がある。だからこの会社に入ることができた。どこに行っても力を発揮できる」ってなことでしょう。これが、勘違いなんですよ。

まあ、リストラってのがありますが、どうも皆さん、「自分がその対象にはならない」と思ってらっしゃる方が多いようです。人間の脳ミソが、「自分に都合の悪い解釈をしない」ということなのでしょう。しかし、気が付いたら会社が倒産、なんてことも珍しくはありません。以前、一部上場の大企業の方と仕事の打ち合わせをし、次の日の朝、その会社が倒産したというのをTVのニュースで見たなんてことがありました。こちらは「仕事」を失いましたが、向こうの担当者は「職場」を失いました。だったら、「別の会社に再就職すればいいじゃない。実力があれば簡単でしょ」と思われるかもしれませんが、そうでもないのです。ある大企業の100%子会社が整理された時、名目でその社員の再就職を支援するなんてやっていましたけど、けっこうな期間、40代を越えた者はなかなか再就職ができませんでした。もっと歳がいっていたら、再就職できるかどうか…。少なくとも、良い条件というのは無理でしょう。

朝日新聞の「フロントランナー」を読んでいると、「だれでもホームレスになりうる」という見出しが目に留りました。超簡単に内容をご紹介すれば、ホームレスの自立・生活支援の活動を続けるNPO法人の紹介記事でしたが、その代表の方が「下流老人」という少々刺激的なタイトルの本を書かれたそうです。私、本の内容がどうであれ、企画意図がどうであれ、「下流+老人」なる言葉に、かなりの違和感を覚えます。どうにも煽情的で誤解を生みかねない言葉、つまり「差別用語」につながりかねないと思うからです。その批判は他の記事「変 その59」で書きましたので、ここでは割愛しますが、差別用語は勝手に人に対して「烙印(スティグマ)」を魔女狩り的に焼き付ける、唾棄すべきものです。

それはさておき、先の「だれでもホームレスになりうる」とのタイトルはまさにそうであり、そのきっかけが多くの場合、「会社」を失うことから始まり、「会社」に戻れないことからアッという間にホームレスへと追いやられるという現実を綴っています。本人の病気が原因の場合や、会社の業績不振が原因の場合など色々あるでしょう。が、結果として運悪くホームレスへの道が開けるのは、その人が「会社を失う」というところに起因します。具体的に事例を並べても気分が重くなるだけですから、これも割愛しますが、事実として「あなたもホームレスになるかも」が現実です。私は「定年ホームレス」がこれからは増えていくと思います(下流老人って概念はこれでしょうけど…)。

そこに政治の力を期待して先のNPO法人は活動を続けられており、その活動には敬意を表します。確かに「自己責任」という「自己責任回避」のための言葉がバカみたいに根強く世の中にはびこっていますが、それは前述した「無能がホームレスになるから、有能な自分はそうならない」と信じている極楽トンボ連中が信じている世界観でしょう。まあ、政治に頼んだところで虚しいという気持ちは有りますが「セーフティネット」という仕組み自体が失われた社会は、咳をしたら肺炎で死んでしまうというような脆弱な社会となるでしょう。単なる「弱肉強食(自由競争)」では、結局「強者」の一人勝ちで、屍累々の景色が現れてきます。

記事中に「本人がどれだけ努力しても、貧困に陥る社会構造がある」とありますが、まさに。しかしながら、それは今に起こったことではなく、極論を言えばキャピタリズムが生まれた時、スッ飛んだことを言えば、貨幣経済が生まれた時からそのような社会構造はあります。問題は常に、その社会にセーフティネットがあるかどうかです。今の日本にあるでしょうかねえ? 生活保護? それが健全に機能していれば、ですが、どうなんでしょう…。資料など無いので無責任なことは言えませんが、それが社会のセーフティネットとして機能しているとはあまり思えません。

では、どうすればいいのか? 簡単でないのはもちろんですが、今の社会を変えるのはおそらく不可能に近いと思いますから、未来に賭けるしかないでしょう。つまり、「教育への投資」です。今の子供たちがどのような社会を築いてくれるか。同じようになるのか、変えられるのか。少なくともこんな構造の社会を作ったのは今の時代を動かしている大人世代の「全体責任」として諦めましょう。で、子供を巻き込むことだけは何としてでも避けましょう。

私? ええ、とっくに諦めていますよ、オヤジとして。まだホームレスではありませんが、少なくともサラリーマン人生ではないので、定年はありませんから、あれこれ「生き方」を考えながら蟷螂の斧を振るっています。何とかなるでしょう。ねえ、一休禅師。

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