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思い その48「マナーの悪化=人間の社会性劣化」


キャンプ我ながら陳腐なタイトルを掲げたものだと思いますけど、このマナーの問題、いつも「何でなんだろう…?」と考えてしまうことです。おそらく、「自分はマナーが悪い」なんて思っている人、いないんじゃないでしょうか。しかし、その悪化は今に始まったことではなく、行楽地や人が混雑する場所ではウンザリするほど目にすることです。結局は行政が出てきて、「○○禁止」「立ち入り禁止」とかって張り紙や立て札を掲げるしかない問題なのでしょう。

過日の新聞で「BBQ・キャンプ… マナー悪化」という記事を目にして、なんで「善良な市民やファミリー」が、いつもこんなことを起こすのかって考え込んでしまいました。記事の内容をバックリと要約すれば、某市で条例案が策定され、人気のキャンプ地での「火気使用」が禁止される見通しになったとか…。つまりバーベキューやキャンプができなくなるということ。ゴミの不法投棄や違法駐車が後をたたず、ついに市が条例改正に動き、そのようなことになった、と…。そのキャンプ地は利根川沿いにあって、人気が高く、多くの利用者が訪れている場所であり、その人気の理由が、他の公共の場所で次々にバーベキューが禁止され、そのためにそれまではそうした規制がなかった某市にたくさんの利用者が流れてきたのではないかと考えられているようです。結局、どこでも同じ問題を起こしているということ。

個人的にはキャンプやバーベキューを楽しむ趣味はありませんが、以前、ゴルフの帰りに友人の車に同乗して、ある橋に差し掛かった時、友人が下に見える河原を指差して言うには「昔、俺もここでバーベキューやったことあるけど、今は禁止されているみたい」とか。河原を見ると休日で天気もいいのに、人影はなく、あちこちに石が積まれたような痕跡があり、どこも真っ黒。その周囲も茶色っぽく汚れています。橋を通り抜ける間なのでよく見えませんでしたが、ゴミと思しきものがあちこちに。川の景観自体はなかなかのものなのですが、そのバーベキュースポットだけが興醒めするほどに汚い。いずれ自治体がきれいにするのだろうと思いましたけど、けっこうな手間でしょうね。税金の浪費です。

私は釣りが趣味なので、遊漁船やボートで遊んでいます。船長がマナーにうるさい宿に行っていますので、釣り客もゴミの分別や持ち帰りには協力的。まあ、多少の例外的な方はいらっしゃいますが。で、いつも行くボート店の浜に、ある日砂浜沿いにズラッと木の杭が打たれていて、「何だろう?」と思ったら張り紙がしてありました。「ジェットバイク禁止 バーベキュー禁止」。やっぱりね…。その浜から出るボートで釣りを楽しむのですが、その近くを傍若無人にジェットスキーが猛スピードで走り回るのに閉口していました。それがついに追い出されましたね。バーベキューも、そのあとはゴミだらけでした。けっこう人気のキャンプスポットだったのですけど。夏休みになるとファミリーやヤングがずらりとテントを並べていたのですが、それ自体もいずれは禁止になるのでしょうか。善良な皆さんが、楽しそうに遊んでいるように見えましたが(かなり、うるさかったけど…)、それが杭で締め出されるほどにマナーが悪化していたのでしょう。

ここでマナーやエチケットの講釈を垂れたいわけではないのですが、エチケットは人と接する時の態度や言動に関する規範で、マナーはそれも含めてもっと広範囲に使われる言葉です。規則というほどに厳しいものではありませんが、要は社会的な約束事ですね。つまりは個々人が持つ社会性ということです。それがドンドン悪化、というより「劣化」しているのでしょう。何ででしょうねえ…。

思うに、キャンプ地や行楽地へ赴くというのは自分の家の近くではなく、それなりに遠くにある場所でしょう。つまり、「自分の家、近所」ではなく「自分には関係のない場所」です。自分の家の庭やベランダでバーベキュー(キャンプまでする酔狂な人はいないでしょう、多分)をした時、そこらじゅうをゴミだらけにはしないでしょうね。ちゃんと片付けるはずです。汚しても平気なのは「自分の家」ではなく「人の場所、他の場所」だからじゃないですかね。ジェットスキーの暴走族も、根底にあるものは同じで、周りのボートに乗っているのは「自分に関係のない」人だからでしょう。

ここがまさに「マナーの悪化=社会性の劣化」だと思うのです。人間が「社会的動物」というのは説明も要らないことだと思いますが、それは先に述べた通り「個々人の約束事」で成立しています。もし、誰かが自分の庭でバーベキューをして(まず、あり得ないでしょうけど)、ゴミだらけにして帰ったらどう思うでしょう。自分の家と人の場所を「同じ社会を構成する」ものとして考えられないというのは、精神病理的に「分裂」の領域にあるのでは…。まあ、そこまで辛辣に言わずとも、「個人の社会に対する矛盾」ということでしょう。それが起きているということは「社会」なるものも同時に「矛盾」を起こし、本来「誰のものでもない」公共の場所から、その公共であるはずの自治体が条例という法や、杭という物理的な手段で人を締め出しているわけです。

人は、社会性を保つために、「斟酌」「共感」「忖度」「感情移入」などの能力を持っているはずなんですけどねえ…。何でだろ?

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