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思い その47「進化し続ける自動車から無くなっていくもの 夢」


ドライブ最初にお断りしておきますけど、ココに書くことは人それぞれである事、世代の違いによるものであるかもしれない事、それらを十分承知の上で書きますので、ご了解願います。自分の価値観を人に押し付けるような真似はいたしません。あくまでも私の個人的な思いです。本音を言えば、多少「警鐘的」的な、「おいおい、忘れているんじゃないの」ってな気持ちはありますが。

何のことか? 自動車の事です。最近の自動車の進化ぶりは目を見張るものがあり、その事は「変その41」に書きましたが、要するに「自動運転自動車」なるものへの技術進歩が、実は自動車から「人間」をドンドン遠ざけているのではないかという事です。自動追突防止装置とか、走行レーンに自動追従させる装置などは、いってみれば「脇見運転、居眠り運転促進装置」ではないかと思っている次第でして。それが "Fun to drive" ”The power of Dream" "Be a Driver(マツダは比較的、正当路線ですが)" なんて宣伝文句を謳っている自動車メーカーさんの目指すところなのでしょうかねえ。企業哲学として矛盾しているような…。

1960年代~70年代の時代は「モータリゼーション(自動車時代)」へと日本が向かう中で、様々に「夢」のある車、「憧れ」のある車を生み出したと思います(まあ、自動車自体が憧れでしたけど)。個人的にはベレットGTなどはため息が出るほどに美しかった…。今でもレストアした車を見かける事はありますが、感じるものは同じです。ヨタ8やS8、初代フェアレディに、トヨタ2000GT、コスモロータリー、ハコスカと、列挙すればキリがありませんが、欧州車などは宝石の如く、そのクラフトマンシップが車の美しさに溢れていました。MGB、サーブラー(サーブじゃないですよ)、ゴルフA1、ビートルも健在でした。ジャガーEタイプ、フォードのコンフォート、シトロエンDS20、ポルシェ356、ポルシェ914(この車、前がどっちなのか分かりにくい車体)、BMW507、カルマンギヤ、チャップマンのロータスなど、こちらも列挙すればキリがありませんね。

ポルシェ911やBMW(私はこれをベーエムベー、ベンベと呼ぶ世代)、ランボルギーニ、フェラーリ、マセラッティなどは「スーパーカー」として一大ブームを巻き起こしましたよね。私はアメリカ車よりもヨーロッパ車の方が好きなのですが、コルベットだけは別物です。こちらはお高くてとても手が出ない車ですけど、そこに皆が見出していたのは憧れであり、夢であったと思います。眺めているだけでウットリとするような。

しかし、比較的最近、車(自動車っていうより車って軽くいった方がシックリ来ますね)を買い換えようと色々検討しましたが、「欲しい」と思えるような車が殆どありません。プレス加工の技術故か、やたら変な加工がされたスタイルの車ばかり。内装も、応接間みたい。シンプルで基本性能がしっかりしていて、内装なんて雑巾で拭けばよいような車を求めると、どうしても中古車になってしまいます。自分が妥協できるギリギリのレベルのセダンを購入しましたが、おそらく次に乗りたいと思える車はもうないような気が…。

釣りが趣味なので2シーターは選択肢に入りませんけど、某マツダの初代ロードスターはまさに「マツダの宝石」という形容に頷いてしまいます。こうした車を生み出したクラフトマンシップはどこに行ってしまったのでしょうね。満艦色で、コンピュータにお任せの車に、正直言って、夢も憧れも感じません。ただただ「お前は乗っていればいいだけだから」といわんばかりに「人間」を遠ざけていく姿の車ばかりです。ボンネットを開けると蓋だらけで、パワーユニットの全貌を拝めません。蓋の下に蓋がしてある…。オイリーボーイ(車やバイクいじりの好きなヤツ)なんて、楽しめません。

ある日の新聞のコラムで、マツダのファミリア・ロータリークーペに乗り続けている人の話が書かれていました。そのオーナーを撮影した写真の後ろには、懐かしロータリークーペが…。今でもその車体にしっかりとした存在感を感じる車です。1973年に生産終了になった車ですが、友人が乗っていた中古に乗せてもらったことがあります。かつて、世界の競合と渡り合い「小さな巨人」と讃えられた車です。

オーナー曰く。「コンピュータが使われていない昔の車は、どんなに古くても直すことができる」。まさにその通り。前述した60年代~70年代の車は、いまだにオイリーボーイたちによって、楽しくメンテナンスされ、元気に公道を走っています。たまにそうした車とすれ違うと、思わず振り返ってしまいます(脇見運転注意…)。

技術の進歩、科学の進歩が輝かしい未来をもたらすことを信じていたのも60年代~70年代です。しかし、そこにあった「夢」はドンドン色褪せていくばかりで、既に死語かもしれませんが「人間の自己疎外(自分で自分を疎ましいものにしている)」なんて言葉が浮かんできます。自分たちが作り出したものに、自分たちが追い出されている…。車は道具ですが、オイリーボーイになって楽しめば、素敵なオモチャなんです。車だけに限った事ではないでしょうが、主役が人間じゃなければ「夢」なんてそこにはあり得ません。そう思います。

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