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思い その29「死はあまりにも強烈な現実 戦争の不可思議」


戦争の現実このテーマは最初「変」の方に書こうかと思いましたが、あまりにもデリケートでやりきれない「思い」を含むので、こちらに書きます。

実に素朴な疑問があります。人は誰も「死ぬこと」を怖れます。生物としては当然の事です。それなのに「戦争」を起こし、生還率が100%には決してならない戦場へと人は向かいます。何故? そこに「死よりも大切な大義があるから」でしょうか? いいえ、そのようなものは国家レベルで絶対にありません。他国に対して明らかな侵略を仕掛ける大国にしても、送り込む戦闘員が全員生還する事など、絶対にないでしょう。しかし、戦争を選択してしまい、人は戦場に向かいます。

死ぬことを最も「意識として」明確に恐れる人間が、何故、「死」がすぐそこに立っているような戦場で殺し合うのでしょうか。銃弾を撃った者と、その銃弾に斃れた者との間に、どのような関係があるというのでしょうか。

現代の日本メディアは、まず遺体写真を報道しないようです。理由は、遺族感情や、そのショックの大きさ(見た人の心的外傷ストレス障害:PTSD)に配慮するからだそうです。これは先進国の中でも、日本において顕著な傾向のようです。

ある説では「神道」の影響から「死=穢れ」とする意識が潜在的に強いからだとか。そうでしょうか。自分が子供の頃、親族や家族の最期を自宅で皆がみとるというのは普通の事でした。そこに「穢れ」などという意識はありませんでした。(神棚を和紙で覆ったり、塩でお浄めはしますけど、形式)今は、その場所が殆ど病院になっていますが、その意味では、最も身近な「死」という現実が、なにやら(言葉は悪いのですが)機械的で無機質になっているような気がします。

中世ヨーロッパで猛威を振るいヨーロッパ全人口の約3分の1が死んだペスト。2000万人とも3000万人とも云われています。しかし、その後、天災的ペストとは違い、人が銃口を引く「意図的」な第一次世界大戦で、1000万の死者を出しています。もちろん、その合間にも戦争は続いています。
人が「死ぬ」事を何とも思わないのなら、得心もいきますが、そんな訳がありません。

「死」とは常にアクシデントなのでしょうか? 日本近代史の研究の中に「日本人は戦死を事故死のように考えていた。いわば、他人事」との指摘がありますが、「死に対する感受性」が衰えているのか、麻痺しているのでしょうか。

ここでよく考えてみると、その他人事の死はまさに「他人の死」であって、自分とは関係のない事なのでしょう。「自分の死」はいずれ来るにしてもまだまだ先、との「死」が現実味のない世界に生きているのでしょうか。

某イスラム国に各国の若者が集まり、そこのに日本の若者も行こうとしているとか。行けば、間違いなく戦闘員で、必ず「死」の確率がとんでもなく跳ね上がります。まさか、そこに名誉とか充実感とか美意識とかがあるとでも考えているのでしょうか。あるのは生々しい現実の「死」です。

司馬遼太郎の作品の中に次のような記述がありました。「海軍の戦いの戦死者は、人の姿をしていない」。

昨今の「集団的自衛権」も、かつての国際社会の方が「戦争」の確立は高かったのに、なぜその確率が低くなった今、議論されるのでしょうか。国家存亡の危機にあるというのでしょうか。それが間もなく訪れるという事でしょうか。その解決策が「戦争」であると。

大矛盾もいい所です。「戦争」こそが国家存亡の瀬戸際に国民を追い込み、間違いなく大量の「死」を現実のものにするのです。嘗てがそうだったでしょ。

結局、私の素朴な疑問は解決する事など無いかもしれません。これほど「死」を恐れる生き物が、あえてそれを受け入れる「戦争」をどうしてするのか。

「他人事の死」を、自分にも降りかかる可能性のある現実である事を全ての人間が理解するためにはどうすればいいのでしょう。答えは「教育」なのでしょうか。「生きる事」を教えるのならば、「死」も同時に教えなければそれは、「他人は死んでもいいけど自分は生きる」、という事になりはしないのでしょうか。

メディアは「死」の現実を教えず、ましてや学校では生徒への配慮とかいって、何も教えないのではますます「死」が他人事になります。

もしかしたら、それで一番都合が良くなるのは、国家? みんなグル?

もしそうだとしたら陰湿ですよ、それは。人々への配慮と言いつつ、それが「戦争」への近道を作っているとすれば。

全てが、私個人の杞憂である事を願います。

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