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怖い その68「交通事故死者 数字は減ったが、命への感受性は…」


徐行 標識交通事故死者の数が、統計の残る1948年以降、最少になったことを新聞記事やWEBニュースで目にしますが、その数は3,694人。その数が「多いのか少ないのか」は論じることなどできません。死者の数ですから。確かに1970年の16,765人に比べれば大幅に下がっている数字であるとは思います。その頃は「交通戦争」なんて言葉が叫ばれ、国もようやくその対策に重い腰を上げ始めたように記憶しています。統計では、80年代はその数が1万人を切るところまで一旦下がっているようですが90年代には再び1万人を超え、2000年辺りからようやくけっこうなペースで数字が下がっています。

思うに、1949年の3,790人が最少ではありますが、この時代にはそれほど車の数も多くは無く、私は田舎育ちですから、1960年代辺りでもそれほど車の数は多くなかったと思います。道路が遊び場でしたから。しかし、その1960年代辺りの高度経済成長期の中で、交通事故死者はまさにうなぎ登りで1970年代まで1万人の交通事故死者が当たり前のような時期が続きました。このころから親が子供に「車に気を付けて」と盛んに言い始めたように思います。

その頃から比べれば「3,694人とは随分と減ったもんだ」と思えはしますが、統計というものには必ずと言っていいほど、ある種の「幻惑」の様なものがあります。この「3,694人」を見て、単純にそれを鵜呑みにはできないのです。そこに表されているものが「改善の方向」とは言い切れないのです。どういうことかと言えば、この数字は「事故後何日で無くなられた人の数なのか?」「運転手、歩行者、どちらが減っているのか?」「死者の年齢別構成は?」等々、もちろん調べれば分かるでしょうけど、一番目の「事故後何日で~」というのは重要なファクターです。

実は、事故発生から1週間後に亡くなった被害者は「交通事故死者数」には含まれません。日本では、事故発生から24時間以内に死亡した人のみを「交通事故死者数」として統計をとっています。極端な表現ですが、「事故発生から25時間後に亡くなった人は、交通事故死者数の中には入らない」ということです。ここのところはかなり引っかかるところなのです。即死するほどの事故であればどうしようもありませんが、意外と人間は強いもので、よく災害などでも72時間が生死を分けるタイムリミットであるといいます。これを「72時間の壁」ともいうようですが、事故にあって、病院などで治療を受け、25時間以上頑張って力尽きた人は、交通事故死者には入りません。厚生労働省など、別の省庁で1年以内での死者数といった数字を統計で取っているようですが、これらは「記録のための記録」であるように思えます。

専門家ではありませんから、事の詳細なデータを示すことはできませんけど、たまたま見かけたある資料に年齢別の24時間以内の死者の統計と、それ以上(何時間以上であったかは正確に覚えていません。多分25時間以上)の時間での死亡の統計グラフがありましたが、殆ど同じような曲線を描いていました。つまり、24時間を超えての死亡者は24時間以内での死亡者と同じ傾向値で発生しているという事です。年齢に関係なく。そうした方々がどれくらいいるのか、詳細は分かりませんが、当然ながら年齢が高いほど、死亡件数は高くなります。そうした方々の「死因」が交通事故であることはほぼ間違いありません。

現代では、車の安全性を高める技術も相当に高くなり、昔は無かったシートベルトやエアバッグなど、今は当たり前に装備されています。更には、昔に比べればはるかに明るいヘッドランプや、自動でのブレーキ機能など、まさに至れり尽くせりですが…、それらは「運転手」を守るものから順に普及し、いわゆる「棺桶事故死(ドライバーが単独で死亡)」が減った事実はあるようです。しかし、問題は「歩行者」ではないでしょうか。某千葉県の統計では、「65歳以上の死者数が半数で、その6割以上が自宅近くの路上ではねられて死亡されているそうです。

私が言いたいのは、「交通事故死者が減った」という事で安堵するのではなく、「3,694人の方が交通事故で亡くなり、25時間以上経って亡くなられた方を入れると数字はさらに多くなる」という事です。交通事故は無くなりません。私が住んでいる住宅街は、「通り抜け」に利用されることが多いのか、平気で時速40km以上出して走っている車が多くいます。住宅街を、です。いつも危ないと思って見ていましたが、つい最近、すぐ近くの道路で、お年寄りが跳ねられて亡くなられました。徐行(時速10km程度)という事を守っていれば助かったかもしれません。またこれは自分自身の経験ですが、自分が住む住宅街を歩いていて、何度か高速で走る車に横を通られ、ヒヤリとしました。警察も問題視しているようで、標識を付けたり立て看板を置いたりしているようですが、どれほどの効果があるのやら。2項道路(幅が4メートルない道路)を見た目時速40kmで走り抜ける車に横を通り抜けられ、怒鳴りつけたことがあります。前方でも、お年寄りの方が怒鳴りつけていました。「危ないだろ!」

数字でどうのこうのと思えるほどの現実ではありません。ドライバーのマナーのレベルではなく、「命に対する感受性」が相当に劣化していると思います。煽り運転がなぜ今問題になるのか。昔からあります。しかし、かなり悪質化しているように思えます。「車間距離を取る」「住宅街や通学路では徐行する」。例えば、こんな簡単なこともできないドライバーを見ない日はありません。あなたは車の中にいて安全でしょうけど、手に提げている買い物のスーパーバッグを掠められるような目に遭った者の気持ちは分からないでしょう。いえ、分かっていたら、絶対にやりません。あなたの前を歩いているお年寄りは、まっすぐ歩けないかもしれません。そうした方に「危ねえだろ!」とドライバーが毒づく場面を見ることもあります。

「交通事故死者」が数として減ったから良いなどとは全く思えません。しかも、その数字の下に見えない数字が含まれています。見えない事実が含まれています。24時間以内の交通事故者が完全に1万人を切るまでに、ほぼ40年かかっています。この期間の中で「人が持っている命に対する感受性」「危険に対する感受性」「怖さへの感受性」はどれほど社会の中に育っているのでしょうか。「運が悪くて事故を起こす」のでしょうか。「運が良くて事故を起こさない」と私は思いますけど。かつて、自動車に歩行者側に故意にハンドルを切られて「威嚇(?)」されたことがある者としては、自分も含め、車に乗った者は「一種のキ○○○」となってしまうことを、自覚しましょう。って、無理か…、キ○○○になってんだから。で、街中をキ○○○が高速の鉄の塊で走り回っている怖い怖い光景が目の前に広がります。今も昔も車は狂気、いえ凶器…。

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