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怖い その61「怖さの中で 怖さを知らず 怖さを忘れる その怖さ」


考える 半村良の短編に「牛の首」という話がありました。これは、本サイトか他のサイトで書いたかもしれませんが、多少ネタバレになりますけど(ご容赦)こんな話です。ある村に「牛の首」という話があって、村の人が集まった時にその話をしようとしますが、あまりにも恐ろしい話ですので、誰もそれを口にしようとしません。その話をすることは一種のタブーになっているのです。ですが、そんなに怖い話なら気になるじゃないですか。で、ある旅人(確かそんな筋だったような…)が、誰も話したがらないその「牛の首」という話について、何とか聞き出そうとします。が、なかなかその内容を知ることができません。ハイ、オチです。実は、誰もその話の内容を「知らなかった」、ということです。この辺りは小説ですから、下手な余韻は残さず、スパンと切れた話の最後だったように記憶しています。まあ、考えるに、「怖い」という事だけが伝えられて残り、肝心の話が「忘れられて」しまっていたということでしょう。

話が前後しますが、このサイトでの「怖いを考える」は、そのタイトルの通り「怖いという感情とは、何だろう?」を色々と考えてみるためのカテゴリーです。中には怖い話もありますが、方向としては「考える」ことを目的としています。怪談シリーズといったコンテンツではありません。

で、冒頭の話はまさに本編のタイトルに掲げた「~その怖さ」を考えてみるために引用したものです。それを考えて書いてみたくなったのは、WEB上のあるニュースを目にしたからです。それは沖縄タイムスの社説(17/5/7)で、タイトルは「巡航ミサイル検討 専守防衛 逸脱する恐れ」というものです。正直、そのタイトルを見た瞬間に、それが日本の話であるとは思いませんでした。しかし、日本政府のことです。「政府は巡航ミサイルの導入に向け本格的な検討に入ったことを明らかにした」とか…。その目的は、攻撃される前に、敵のミサイル発射拠点を破壊するという「敵基地攻撃能力」の保有であり、来年度予算案に調査費などが計上されるそうです。

オイオイ、ついこないだ、どっかの大統領が数十発ホイホイと打ちまくったやつじゃないか。それを日本も持つって…? 本気かよ? 日本の中に漂い始めた、戦前にも似た「揮発性の高い剣呑な空気」が数段階、一気に濃厚になってきたじゃないですか。渡辺白泉の「戦争が廊下に立っていた」から、「戦争が座敷に入ってきた」、そう思えるようなことです。配信が沖縄タイムスであろうと、これが間違ったニュースであってほしいと思わざるを得ません。日本は既にロケット技術も、核に関する技術もかなり高いものを持っているし、太平洋戦争で一気に失った航空機のノウハウ蓄積も、ここにきてYS11からの実績の中でかなり回復しているように思えます。ただ、それらはまだ「平和利用」という目的の中にあると信じられるものですが、「巡航ミサイル」となると、もう具体的過ぎて、「戦争の道具」以外の何物でもありません。その導入を検討とは…。

「巡航ミサイル」導入の次は何を検討するのでしょうか…。お向かいの国の脅威が高まっているのは事実でしょうが、純粋に軍事的に考えて「巡航ミサイル」だけで、その脅威が薄らぐとは全く考えられません。ミサイルを撃ち込んだだけで「安全」が実現できるなんて、誰もが本気でそんなことを考えているでしょうか? かつて(1956年:昭和31年)に当時の首相である鳩山一郎が国会で、「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」とし、「相手のミサイル基地を叩くことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」と答弁していたようです。同じようなことは今日まで何度か色々な政治屋がコチョコチョと発言していますが、詭弁(きべん:ごまかし論法)とはまさにこのこと。「座して自滅を待つ」とはどういう現実的な状況であり、その解決策が「敵基地攻撃能力」であるとはどのような文脈から出てくるのでしょうか。今もそういう考えが生きているのでしょう。無茶苦茶です。軍艦マーチでも聞こえてきそうな勇ましさ…。

冒頭に引用した半村良の「牛の首」とは、まさにこのような状況を揶揄しているのではないかと思えるのです。かつて、「とても怖い思いをした、とても怖いことにあった」その記憶だけは皆に残っている。しかし、そのことを口にするのも怖ろしい。長く長くそうしたことが続いて、ハタと気が付くと「何がどう怖かったのか、学習もせず誰も改めて知ることもなく、誰もが忘れてしまっていた」…。そんなことが、過去何度も世界中で起こっています。戦争が「国同士の問題解決のための、最後の外交手段」などといった寝ぼけた理屈など阿保らしいの一言で、戦争とは「人と人とが殺し合う」ことです。

その対抗手段として「巡航ミサイル」を保有するという知恵ではなく、「絶対に戦争を行わない」といったことに知恵を働かせる能力を、人は有していないのでしょうか。この辺が限界なのでしょうか。「牛の首」が人々に怖ろしさを植え付け、タブーとなって機能していたのに、それが何であったか忘れたことに気が付いた時、再び「怖ろしい怖ろしい」話である「牛の首」が復活するのでしょうか。廊下に立っているのは、幽霊などとは比べようもないほど「怖い」ものです。

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