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怖い その58「街に並ぶ墓標… その中に眠るのは…」


考える 今住んでいるのはけっこうロートル化が進んでいる郊外の住宅街です。数十年前は人気の住宅街だったらしく、その頃にはまだ雑木林や畑など、田舎の景色が残っている中に次々と住宅がタケノコのように生えて、アッという間に住宅街が…。まあ、都市部の周辺はどこも似たような景色だったのでしょう。で、皆がせっせと家のローンを背負って、それまでの地域社会や地域色を無視してどんどん住宅街とやらを大型流通業の店舗とセットで増殖させていき、いつの間にやら、日本全国、どこに行っても同じような景色が…。そして、同じような終焉の時が…。

私は最初からそこに住んでいたわけではないのですが、成り行きで住むことになりました。これまたワンパターンのような経緯でそのような生活になりました。ハイ、どこにでもある話だと思いますが、介護離職で介護生活(嫁の支援)という亭主の鏡のような生活を選択して(せざるを得ませんですよね)、やがてというか、まあ、そうなりますわなぁ、って感じで本来なら空き家となってしまう残された家に住んでいます。チマっとした家ですが、大工が建てた家らしく、今の「外骨格のプレハブ昆虫倉庫型の家」とは違い、けっこう生活感のある造りで居心地はいいですよ。壊して売るという選択もあるのでしょうが、もったいない。今しばらくは居付きます。

フリーランスの私は債務を背負って経済的にも物理的にも身動きが取れなくなるのが嫌で、好きなところにその時の事情次第で住むという生活を送ってきました。ですからけっこう引っ越しの頻度は高いと思います。アパートから、マンションから、一軒家。ジーサンになったらド田舎の土地でも買って、掘っ立て小屋かトランクルームを改造して住もうかなんて、けっこう本気で考えてワクワクとしていましたが。仕事の内容とスタイルが、仕事のある都市部を離れてもPCと通信環境さえあればなんとかなるもので、どこに住もうと何とかなるし(するしかないし)、今の環境で生活しています。まあ、どうでもいいことですけど。

で、介護生活が終わり(いずれ終わります)、自分たちの生活が始まったころ、近所というものの景色がまだ馴染まず、通勤もとっくに無くなっていますので運動不足解消がてらに散歩なんてして土地勘を付けようと、最初は「ふーん、こんな感じの街なんだ」とか「こんな店がここにある」とか、キョロキョロと歩いていたのですが、そのうちに気づかされることがありました。どうにも人の臭いを感じない家々があちこちに並んでいることです。今の家はプレハブ構造でホントに「外骨格」の家って感じで、窓も少なく、私の感覚では「家」って感じはせず「倉庫」が並んでいるといった景色です。ですからもともと生活臭なんて薄いとは思っているのですが、生活臭ではなく「人の臭い」がしないのです。

以前に「粗大ゴミと化す家…」という記事を「変その42」に書きましたが、確かに今は800万世帯以上の空き家がそのままになっており、それに関しては珍しいことでもないですし、自分も何となくもう誰もいなくなった家というのが分かるようになっているのですけど、それはどちらかといえば車で通りかかるような沿道の家で、今のような住宅街をこうして歩いてみながらそれを感じるというのは初めてです。何というか、並びの家が、ある時期に同時に「人の臭い」を消してしまうのです。庭を見れば植木鉢があって花が咲いていたり、自転車や自動車が停めてあったり、今、人が出てきて生活の一場面があってもよいような状況なのですが、その肝心の人の臭いが消えているのです。

考えてみれば、私の住んでいる区画だって、今の家の並びの半分以上が主を失っているか、失いかけています。それ故、ロートル化なのですが、区画によって開発された時期が違うため、各区画で同じような世代が同時期に入居し、同じように歳を取っていくのでしょう。しかし、最期近くとなっても、もう世代的な循環が殆ど起こらない…。子供たちは既に他所の土地で家を建て、生活を送っているようです。家を壊して更地にすれば、固定資産税がけっこうな負担となるようで、とりあえずそのままに。

しかし、家というのは古式ゆかしい昔の造りを持った家でも、外骨格のきれいなままの「倉庫型」の家でも、人の気配を失うと、なぜかショボクレタように周りの空気が埃っぽくなり、冷たい空気に包まれたようになるのです。殆どが雨戸のしまった状態ですけど、出窓などはそのままで、中が何となく見える家もあります。先日は一区画の並び四~五軒がひっそりとしている道を歩きました。さっきまで人が生活していたような雰囲気で、いきなり冷たくなっているような家が並んでいます。治安上の問題もあるのでしょうが、その周囲に住んでいる方は失礼ながらあまり居心地のいいものではないでしょうね。

あるけっこう大きな、かつては何人がここで暮らしていたのかといった家が、ここもどうやら無人らしい状態となり、一階の窓にレースのカーテンがかかっていて、その奥が薄ボンヤリと見えます。それを別に覗いていたわけではないのですが、しばらく足を止めて見ていたら、昼間ですけど、急に水を浴びた様に背中がゾッとしました! 別に何かが見えた訳ではありません。「怖い」感情が急に溢れてきたのです。何故でしょうか? あえてその理由を考えながら足早にそこを通り過ぎたのですが、その答えは…、「街にでっかい墓標が並び始めている。そのうち…」。人の住む街の終わりを感じたのでしょうか。

家が「墓標」のようになるスピードが上がってきています。そこにかつて住んでいた人は、今どこにいるのでしょうか。そして、並んでいるのその墓標の中で最期を迎えた人は、みな、お墓に行っているのでしょうか? そのお墓さえ粗大ゴミ(墓石)と化している世の中です。かつての地域があった時代を感傷的に懐かしむような趣味はありませんが、街の温度が次第に下がってきているような気分です。いや、確実に下がっています。体温を持つ者が消えているわけですから…。

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