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怖い その55「見てはいけないものが見えるとき 遥か遠くに浮かぶ鬼火…」


鬼火それをハッキリと見た記憶があるわけではありません。錯覚とか、夢とか言われれば、所詮は不毛の議論。何も言い返したくはありません。しかし、いつも心の中に「見てはならないもの」としてそれがあり、「見てはならない」それが、イメージとして幽かに姿を見せることがあるのです。遠く遠く、はるか遠くに、チロチロといえばいいのか、モヤモヤといえばいいのか、青いような、赤いような。それを始めて見た、というか感じたのは学生の頃だったように思います。それ以前にも感じていたのかもしれませんが、あれほどに鳥肌が立つほど怖ろしい感情とともに現れたのはその時だったと思います。

「鬼火(おにび)」としか表現できないようなもの…。寝入り際(就寝時)に見えたので、夢と言われればそうかもしれません。それで結構です。しかし、その時の感情は明確に私の中に残っています。何となく、幼いころの故郷の景色を思い出していた時です。それは少し薄暗い秋の夕暮れの景色でした。私は瀬戸内海の某地方都市に生まれましたが、育ったのはドがつくほどの田舎。小学校のころ、水車や牛小屋が当たり前の風景で、道など舗装はされておらず、牛が荷車を引いて歩いていました。田んぼと山に囲まれた景色です。そんな景色をうつらうつらと、眠気を感じる中でなぜか思い出していた時、突然その景色が妙にリアルに感じられ、遠く山裾の方に何かが見えました。ユラリユラリと火のようにも見え、赤と青が混ざったようなモヤモヤとしたものが揺らめいています。

その時です。どうにも形容しがたい「怖ろしさ」に襲われたのは。その感情を、あえて言葉にするならば、「大事なものをすべて失って、もはや自分ひとりという絶対的な孤独と絶望感」。そのまま夢の中には行きませんでした。ハッと、逃げるように目覚めて(まだ完全には寝ていなかった)寝床の上に座りましたが、尋常ではない動悸とかなりの悪寒を感じました。何だ、あれは…? 考えてみても分かるわけがありません。何か、「見てはならないものを見てしまった」ような気持ちが湧き上がって来ました。それ以来、そこまでの感情を伴うものではありませんが、ふと視界の中にそのようなものが映ることがたまにあります。「鬼火」とは、私がそう呼んでいるだけで、一般にいう鬼火とは違います。

何故そんなことを書くのか? それは、ある事件を新聞で見たからです。介護疲れによる親子心中。失礼ながら、昨今よく新聞で見かける事件です。私も、自分の親と家人の親とを介護し続けた身として、そんな事件が起きるたびに、周りの誰かが助けることもできなかったのか、とやりきれない思いになります。が、そうしたことが身の回りで珍しくも無くなっているのが現実です。しかし、私が見たその新聞の記事を読んだとき、自分の記憶である「鬼火」のイメージがどうしても重なってしまったのです。

その事件は、老いた母親が認知症で、父親は足が不自由。その娘が一人で両親を介護していたそうです。娘さんは確か50代だったように記憶しています。娘さんは両親の介護に疲れ果て、何と、その父親に親子心中を相談したそうです。父親もそんな生活に疲れていたのでしょう。二人で相談して、誰にも迷惑をかけない「入水」を選んだそうです。その家は利根川のほとりにあり、娘さんが足の不自由な父親と認知症の母親の手を引いて、夜、利根川へと3人で「入水」したそうです。何も分からない母親は「寒い寒い」と訴え続け、娘と父親は黙ったままで川の沖へと進んでいきます。そして、沖で体が水に沈み、水の中で意識を失った3人はそれぞれに川を流れていきます。

娘さんだけが岸に流れ着き、一命をとりとめます。父親と母親は遺体で見つかったとのこと。それ以上のことは記事に書かれていませんでした。おそらく娘さんには、情状酌量があったとしても、自殺幇助か殺人未遂などの罪が課せられるでしょう。執行猶予はつくと思いますが。

この記事を読んだときに、夜の利根川を老いた両親の手を引きながら川の沖を目指して歩いていく娘さんの視線をリアルに感じてしまいました。できるなら、想像してみてください。現実に、「死」を目指して、両親の手を引きながら暗い川の沖目指して歩いているその姿を…。その眼には、何が映っていたのでしょうか。その耳には何が聞こえていたのでしょうか。その体は、川の水の冷たさをどのように感じていたのでしょうか。覚悟を決めた足の不自由な父親と、何も分からない母親の手を握って、何を思っていたのでしょうか。そう考えていると、その娘さんの見つめる先には、あの「鬼火」が映っていたのではないかと思えてしまったのです。「絶対的な孤独と絶望感」それは、見てはいけないものなのです。しかし、川の沖へと足を進める目の先には、まるで誘うようにあの「鬼火」が見えていたのではないでしょうか…。

全ては私の単なる妄想でしょうか。それならそれで結構なのですが、やりきれない事件というのはこれでもかというほど現実に起こり、そして、その当事者の動機は様々に語られます。私は、本当の動機など「理路整然」と語れるものではないと思っています。見てはいけないものを見てしまったのではないか…。

その「鬼火」とは、すべての人の中にある「生を否定する」何かなのだと思います。悪魔、魔物、憑き物…。分かりません。「死」に向かって冷たい水の中を進ませるものは一体、何なのか。あれは、人が「絶対的な孤独と絶望感」を覚えた時に見えるものなのでしょうか? それとも、何者かが見せるのでしょうか。これほど怖くて、やりきれないものはありません。

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