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怖い その40「初めて、人の死体を目にした時…」


棺何だかんだと云っても今の日本は平和です。ミサイルが飛んでくる訳でもないし、自動小銃で無差別に撃ち殺されるなんてこともありません。戦後、70年、実に平和な期間を過ごしています。誠に先進国の中では稀有な国であると思います。ド派手な戦争をして、国が亡びる寸前まで行った事の大きなトラウマのおかげでしょう。

しかし、そのために今の我々日本人は「死」というものに鈍感になっている側面もあるのではないかと思います。日本のマスコミは世界でも珍しい位に「死体」というものを隠します。テレビや新聞など、大惨事や他国の凄惨な戦争での大量死の写真は「自粛」という名目の元、紙面や画面に出すことはありません。曰く、「見た者の衝撃が大きすぎる」とか「教育的見地から、云々…」。

私たち日本人の中で「死」というものが相当に「観念化」しているのではないかと考えます。日常的に「死」という現実に殆どの者が接する機会は多くないでしょう。それは良い事でしょうが…。

警察や消防の方は別です。これは元自衛隊の人から聞いたことなのですが、大災害などには「作戦能力」の高い自衛隊が動員されます。しかし、遺体の捜索の時、警察や消防の方は慣れているのですが、自衛隊の人は死体を見る事に慣れていないため、ビビってしまうそうです。特に、原型を留めていないような凄惨な死体を見ると吐いてしまう者もいるとか…。これは日本が平和な証なのでしょう。

本題に戻ります。今の日本人が「死体」に接するのは、多くの場合、身内の死でしょう。不慮の事故死の場合もありますが、その多くは「親」の死であると思います。私が(不謹慎ながら)、始めて見た「死体」は祖父です。まだ子供でしたから、この間まで膝の上に抱いてくれた祖父の死というものがピンと来ず、通夜の時も、寝ているように見えただけです。また、祖母の時もそうでした。こうした場合は、ある程度の覚悟が事前に、周りの者にありますから、「死」を粛々と受け入れる事が出来、葬儀という中でそれが次第に和らげられて行きます。

それとは違って、現実の生活の中で「死体」というものに生まれて初めて出会ったのは中学1年の時だったと思いますが、学校の近くに幅の狭い川がありました。いつもその横を通って学校にいく見慣れた光景の中で、先を行っていた同じ中学の生徒たちが川を覗き込んで騒いでいました。
「何…?」と思って、その場所に差し掛かり、そして川を見ると、おそらくそこそこ年配の方だったと思いますが、川の底にうつ伏せになって倒れています。水の中にうつ伏せているのですから、当然呼吸はされていません。

その死体を見た時、まず最初は何も感じませんでした。驚きと云うよりも、それが「人」であるという感覚より、なにか(不謹慎ですが)「物」のように見えてしまったのです。「人が死んでいる」という事がどうしても、何かの感情へと変わらないのです。

学校から帰る時、もうその死体はありませんでした。何でも、お年寄りが酔っぱらってその川に落ち、そのまま事切れてしまったという事です。事件性は無く、事故死です。しばらくは騒いでいた中学生たちも、直ぐにその事を忘れ、何事も無かったように、その川の横を通学する毎日に戻りました。

私もその一人で、生まれて初めて出会った日常生活の中での「死体」に何も現実感がなく、その事を忘れかけていました。しかし…。

それからしばらく経ったある夜、寝ようとしていた時に、ふと、川の底にうつ伏せになっていた死体の光景を思い出しました。その瞬間、ザワッと総毛立つような「怖さ」を覚えました。当然、理屈などで捉えられるものではなく、もう感情です。「人は死ぬんだ…」。言葉にすればそれだけの表現なのですが、その事がどうしようもなく「怖く」思え始めたのです。

変な説明などしなくていい事でしょうが、おそらく、本来、誰もが持っている「死」への観念的な「怖さ」が、時間差をもってやって来たのでしょう。何やら、今にも自分が死んでしまうかもしれないような「怖さ」で、布団の中に潜り込んでいた記憶があります。それまで「自分に不都合な事は蓋をする脳」の蓋が少しずれて、生きている者には不都合な「死」が「怖さ」として現れたのでしょうか。

先の自衛隊の人の話ではありませんが、「死体」に慣れていない反応も、警察や消防の人のように「死体」に慣れてしまうのも、どちらがどうともいえないのですけど、職業上の事とはいえ、事実、いずれ「慣れてしまう」ものなのでしょう。

人の感覚がなせることだと云えばそれまでだと思いますが、「死」という現実を「知らない(意識しない)」のも問題でしょうし、「慣れてしまう」のも問題でしょう。「死」を「怖さ」を持って認識するという事は、そこに「人間の存在」を認めるという事でもあります。
何が言いたいのか? 難しい問題ではありますが、「死体」というものに接した時、それを我が身にも起こることとして感情移入し、「怖れ」を感じる事が、人として健全な姿であるということです。現実は…。

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