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怖い その31「分からないから怖い 同時に好奇心も湧き上がる」


怖い本サイトで、普通に「怖い」という事、感情について、自分の経験も踏まえて考えていますが、とりあえずの答え(?)として、「理解ができない、分からない」感情がまず「怖い」という感情の原点にあるという所にまでは至っているように思いますけど、それが最終的な答えであるとは考えていません。それは理由の一部にはなるでしょうけど、「何故、怖いという感情が起こるのか?」ということを説明できるものではありません。如何せん、「普通の頭で」考えますから、早々簡単には明確にできないでしょう。

で、急に話は変わりますが、昔いた会社に、面白いほどの怖がりがいました。自分としてはそれほど怖い話とも思わないのに、呑みの席などで何かのはずみからそういう話になると、ホント、顔色が悪くなるくらいに「怖がってくれて」、話をしている方としては「話し甲斐」があります。調子に乗って話を続けているとその男は「○○さん、もうやめましょうよ、そんな話。家に帰れないじゃないですか…」と真顔で訴えてきます。その男性(若い男ですよ。それも茶髪のオールバック…。身体もでかい)は独身なので、怖くて一人で家にいられなくなると言うのです。多分、そいつに道で会うととっさに道を譲るかもしれない見た目の男ですよ。

いっしょに飲んでいる連中もその反応を面白がって、それぞれに怖い話をしますので、そいつは涙目になります。これってイジメ? 一応、私が上役であり、まあ、それ以上怖がらせても「からかうような」ものですから、あまり良い事でもないので、多少の未練はあるものの、話題を変えます。

しかしですね、よく考えてみると、そんなに怖いのなら最初から言えばいいし、酔っぱらうと誰かがそいつをからかって必ず「怖い」話をし始めますから、そこで怒るとかすればいい訳です。誰もそいつにケンカ売るような事はできません。デカいですから。「怖い」話が嫌いなら、早々に止めさせればいいのです。しかし、ある程度までは聞くんですよね、そいつ…。「怖がり」なのは反応から見て確かなようなのですけど、「ある程度まで」は聞くのです。

これは明らかに「怖いもの見たさ」の心理が働いているのではないでしょうか。例えば、「幽霊」というとみんな怖がります。どれほどの唯物論者でも合理主義者でも「怖い」という感情からは完全に逃れられません。で、それが特に強い人にとっては耐え難い「感情」でしょう。しかし、よく考えてみると、その「怖い」という感情と完全に縁を切ろうとしている人はいないのでは…。

私は超高所恐怖症です。これは「分からない」ではなく、生命の危険を感じるからです。怖さの源は「物理」にあります。とはいえ、その帰結が「死」だとしたらそれに対する「怖れ」が「怖い」いう感情を湧き上がらせる訳で…、であればそれはやはり「分からないもの」に対する「怖い」という事には変わりがない…。

何かの事情で高い所に行かざるを得なかった時、何故かその「高い所から下」を恐る恐る見てしまいます。「高い」という「怖い」対象をですよ。よく考えてみると、何で? やはり「怖いもの見たさ」が何某かの脳内物質を出すのですかね? バンジージャンプや、遊園地での「アドレナリン噴出系」の乗り物、私は絶対にやりませんし乗りませんが、それをキャーキャー言って楽しんでいる方々を見る事までは忌諱しません。恐る恐る見てしまいます。「よく平気だよな…」なんて思いながら。でも、何で「見てる」の?

これはある種の興味ではないでしょうか? 私がバンジージャンプをする事は絶対にないにしても、それを見て「怖さ」を間接的に(安全な所で)味わっているのではないでしょうか。バンジージャンプをする人間だって「怖くも何ともない」ものだったら興味は示さない筈です。
結局、「怖いもの見たさ」という感情が「怖い」と同時に起こるとしたら、それは「理解できないもの、分からないもの」への「好奇心」ではないでしょうか。「怖い」という感情と「好奇心」は同次元のもの? これは易々と結びつけて説明できるものではありませんが、「怖い」の横に「怖いもの見たさ」があるのは確かなように思います。ここでは、ややこしいから、物理的な「怖さ」に関しては除外して考えたいのですけど、メカニズムは一緒…。

あの「怖がり男」、あれほど怖がるのは、もしかしたら、それを「求めている」サインなのでは? もしかしたら、バンジージャンプの如く、「怖い」感情を密かにキャーキャーと楽しんでいるのでは?

話の落としどころを見失ってしまったような気がしますが、まあ、確かに幽霊も、昼間からホイホイあちこちに出てきていたら、「怖い」なんて感情も薄れて、「好奇心」の対象では無くなるでしょうね。要するに、「怖い」という感情を考えていたら、とりあえず、「本当は怖がりたがっている」から「怖い」。「怖い」という感情を起こさせてくれるものを実は、人は欲している、ってな事はいえるのではないでしょうか。

「好奇心」と「怖い」が一体である、とすれば、確かに、雷の正体が「説明可能」な電気であると分かった時に、雷に対する「分からない」怖さは消え去る訳で、まあ、「物理」的な怖さまでは消えませんが、少なくとも雷にひれ伏したり、拝んだりすることは無くなりますなあ…。

ウーン、「怖いものなど無い」という事は「好奇心が無い」と同じ事になるのでしょうか。あ、ちょっと、熱が出てきそうですので、先送り…。

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