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怖い その27「学校の花子さん 会社の太郎くん…」


トイレアイコン「学校の花子さん」なる言葉が流行った事がありますけど、つまりは子供の時に学校で経験する「噂」「怖い話」の典型、類型として全国各地にある話でしょう。都市伝説といわれますが田舎伝説でもあります。その姿もオカッパ頭に赤いスカートとやら(地域によって多少違うようですが)で、オカッパ頭というのがこの話の「元ネタの古さ」を物語っていると思います。

どこか、ユングのいう「集合的無意識、普遍的無意識」の世界に似ていますね。どこの地域でも同じような話を共有しているところが。それとも「噂(Rumor)のメカニズムに似ているのでしょうか。しかし、噂という事で行くと元の発信源があって、それが広まる際に「集団での思い込み」から「誤記憶(自分を騙すようなもの)」を起こすための多少の「共通利益」のようなもの(損をしてしまわないように、とか、特別な情報とか)がないと伝播力は弱いし、故に覚めるのも早く、消滅してしまう、となる筈なのですが、この「花子」さんは実に根強い。場所が「学校のトイレ」であるというのも、類型としてのパターンが固定されています。やはり、神話と同様に「集合的無意識」によって共有され、長く生き残っているのでしょうか?

それはさておき、この「花子」さんが現れるのは学校だけではありません。会社にも現れるようです。それがまた、「トイレ」というのが多いんでよね。これも予定調和的な「類型」なのでしょうか? もちろん「大」の方。個室ですし、使用中は密室になり、もちろんそこは「人」がいる場所です。そうしたシチュエーションで「もっとも身近」なのがトイレなのでしょう。今ではほとんどが水洗化され、電化もされ、清潔で明るい場所なのですが、昔の「ポッチャン式」のトイレ(便所)は薄暗いし、掘立小屋のような造り(木造)のものが殆どでした。まさに「御不浄」の空間です。トイレにまつわる「怖い話」というのは花子さん以外にも色々ありましたね。

オーソドックスな所では「便器の下から人の手が出てくる…」。後は「開かずの便所」、「誰もいない筈の便所の中から誰かが戸を叩く」。この三番目のは私も経験があります。この編の「その2」に書きましたが、腰を抜かしてしまいました(形容ではなく、本当にストンと腰が抜けるのを経験しました)。

で、「会社版の花子さん」ですが、これは殆どといっていい位、若い男性(太郎くん)が「そこで首を吊って自殺した」というものです。今でもパワハラなどのストレスが原因で自殺する人は多いようですが、会社での自殺は何故かトイレ…。しかも、首吊り。

私が通っていたお得意さんで、社歴もあり古い自社ビルに本社を設けている会社がありました。古いビルに特有の低い天井と何度も塗りなおした壁やドアがなかなかにレトロな雰囲気を醸していて、私はその雰囲気が好きでした。そのビルの一階にトイレがあるのですが、その「御不浄」を人目につかせないよう設計されたのか、周りが広い通路とロビーで囲まれ、一階の中央にあるのに、そこへ入るにはやけに狭い通路を入って行かなければならないトイレなので、多分、そこにトイレがあるという事に気付く人は殆どいないのではないかと思えるような造りです。

私はたまたまそこにトイレがあるのに気が付いてよく利用していましたが、やはり気づかれ難い造り故か、いつも空いていました。というより、殆ど使われていないような…。そこで人の姿を見かける事はあまり無かったと記憶しています。しかし、それが酒好きでいつも腹をこわしているような私にはありがたかったのです。なんせ、必ず空いていますから。ノンビリと用を足せます。腹をこわしてトイレに駆け込み、「大」が満員の時は戸を蹴破ってやりたくなる位、つらいものです。で、近くに寄った時、催してくるとそこを使わせてもらっていました。今ほどセキュリティが煩くない頃なので、フリーパス。私専用の公衆トイレです。

で、ある日、打合せに遅刻して、懇意にしてもらっていた担当者に「腹をこわして、一階のトイレで…」と侘びを入れた時、その担当者が真顔で言いました。「一階のトイレ? そのどこ?」。私、何を聞かれているのか分からないままに「あの、一番奥の…」と答えました。するとその担当者がオイオイといいたくなる位に真面目な顔で「社内であのトイレにいく奴はいないよ。ましてや一番奥の…」。その人はあまり冗談を言う人ではありません。私、なにやら、とんでもない事をやったような気が…。

担当者曰く、あのトイレの一番奥の「大」で、入社間もない新人が上司に責められて、首を吊ったそうです…。花子さんではなく、太郎くんですが…。ハイ、私がいつも使っている個室です。担当者が更に言います。「あそこで、変な声を聴いたことない?」。聴いたことありません…。なんでも、ブツブツと呟く声が聞こえるとの事です。それとか、用を足していると、誰かの足音が聞こえて、そのトイレのドアの前で足音が消えるとか…。誰かが、ドアの向こうにジッと立っているとか、ドアの下の隙間からその人影が見えるとか…。

そこまで言われたらもうあのトイレはさすがに使えません。そういえば、ノンビリと用を足している時、誰かがトイレに入ってきて、何故か出て行った気配がなかったような事がありました。錯覚という事で記憶からデリート。

実は、他の会社でも同様の「太郎くん話」がありました。会議をトイレで中座した新人がなかなか戻ってこないのでトイレに行ってみると、そこで首を吊っていたとか…。これって、似てるんですよ、話が。でも、それがいつだったのか、どんな経緯だったのかがハッキリしていない。実は誰もよく知らない…。

「花子さん」にしても、「太郎くん」にしてもなぜこんなによく似ているのでしょう。何か、そういう事を人が共有する「必要」のようなものがあるのでしょうか。短絡な答えは出せませんが、やはり人は「怖がりたい」のでしょうか? 「怖がる」ものがないとつまらないのでしょうか? 日常の中のささやかなイベントとして。だから、「トイレの…」というかなり身近な話題で、共有しやすい話を無条件(無責任?)に伝えていくのでしょうか?

「花子さん」と「太郎くん」は、本当はトイレではなく、みんなの側で、しぶとく、長く、実体も持たずに生き続けていくのでしょう。

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