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怖い その18「幽霊・霊に遭う方法 こうしてみれば…」


怖い イメージいきなり、って感じのタイトルですが、「幽霊・霊」なるものを「見る」人と「見ない」人はハッキリと分かれるようです。もちろん「そんなものはいる訳がない」という方は含みませんが。その「見る・見ない(見られない…、ですかね)」がどれくらいの比率になるのかは分かりません。統計なんてないでしょうね。「興味はある、いると思う」方で全く見た事が無いというのでは「幽霊・霊なるものがどのようなものであるのか」判じがたいですよね。

いるかもしれないと思いつつも「見た事が無い」というのは悶々とした状態で、健全ではないです。何らかの自分なりの答えも出せない訳ですから。幽霊・霊は一度見ればもう「受け入れるしかない」訳で、見た頻度など問題ではありません。私も完全に人の形をしていたものは一度しか見た事がありません。

で、幽霊と霊とを私なりに定義してみたい(どっちでもいい事ですけど…)と思いますが、簡単です。幽霊とは「人の姿をして現れる」、霊とは「人に限らず、動物でもあり得るが、魂魄、魂なるものが不可思議な形で現れる」とします。単純な言い方ですが、生前の姿で現れるのは余程の「事情」があるからではないかと考えます。肉体を失っているのに、その姿を現すのは、単純に物理的な事と考えても相当なエネルギーが必要だと思います。その姿は「死んだとき」のものと考えるのが妥当だと思います。何らかの「思念」から生前の姿になるのでしょうけど、本人にとっても直近の姿が当然イメージしやすい筈ですから。

もしくは、見る人のイメージする力を借りるのなら、例えば「若い時の姿」で現れる事もあり得るのではないかと思います。私個人の経験からいうと、完全に「人の姿」で目に映るより、多くの場合は「半透明の卵(楕円形)のような形」です。輪郭も無く、ボヤッと光のような形で目に映る事もあります。あと、真っ赤なピンポン玉のようなものも一度見た事があります。

ちなみに、ここまで読んでこられた方は「幽霊なんかいる訳ないだろ」という人はいない筈ですから、もう「幽霊はいるかもしれない」を前提に話を進めます。「いるかもしれない」というのは、否定はしないが積極的な肯定もしないという私個人の考え方です。「どっちやねん!」と突っ込まれそうですが、否定していないという事は「実証できないが、認めている」という事です。
では、本題に入ります。私のように「反証も実証もできないが、存在を認めている」が、その肝心な「幽霊や霊なるものを見た事が無い」という方々へのアドバイス(?)です。ただ、保証はできませんし、それが「錯覚」「幻覚」「勘違い」であるという可能性も受け入れなくてなりません。とはいえ、そうしたものが「目に映る」体験をすれば、「考える」きっかけにはなる筈です。考えもしないで「いる・いない」を論じるのは全くの不毛な時間の浪費ですから。その方法はとりあえず二つあります。

まず、簡単な方法から。まず一つ目は、心霊写真か怪談本か何か、あなたが「怖い」と思うものを十分に見て、次にあなたが「怖い」と思う環境に行って、最低でも1時間くらいは一人で粘ってください。とりあえずは「お墓」でしょうか。次は、「仏様(死体…)安置室」。これは不謹慎ですが、最近の葬祭場では、葬儀の順番待ちという場合に備えて専用の「冷蔵安置室」を持っていますから。もし近親者であれば時間の制限内は一人でもいる事ができます。お手軽なのはいわゆる「パワースポット」とか言われている場所です。もしくは、単純に人気のない夜の山の中とか、廃屋でもいいのですが。原則は、「必ず一人で」、という事です。キーワードは「怖い」です。戦争などの命の危険性がある「恐い」ではありません。それだと「全身が現実の戦闘状態に入ります」から。

「怖い」とは人の精神を「目に見えないもの」に向かわせる状態です。あくまでも「幽霊・霊」という本来的には目に見えない(見えなかった)ものに対峙しようとする訳ですから、「現生からちょいと離れた精神状態」にしておく必要があります。ベストは「畏れ」、でなければ「怯え」の状態です。

二つ目は、あなたの周りで「霊感がある」と自称されている方(密かにお持ちの方もいるようですが、見つけ難い)とできるだけ接触し続けてください。話を聞くのもいいし、友達なら一緒に遊びまわるのもいいでしょう。その方が本当はどれほど霊感が強いのか分かりませんから、できるだけ多くの人とコンタクトするのが無難です。個人的な経験で恐縮ですが、「霊感、幽霊・霊を見る」感覚はどうも「感染る」ようです。これも「必ず一人で」行動(試してみる)することが原則です。

一つ目は、「暗示」に近い方法です。ただ、何が見えるか分かりませんけど。二つ目も「暗示」に近いかもしれませんが、あえて言えば、目に見えないものを感覚的に捉えられる「チャンネル」を少しばかりゆるめると言う事でしょうか。「霊感がある」という方は当然ながら「目に見えないものに対してチャンネルを開いている」訳です。一緒にいるとその状態に近くなるのでしょうね。私、不用意にそのような事をやって、友人を失ったことがあります。「恐ろしい経験をしたのはお前のせいだ」と言われて…。寂しいですけど、自業自得ですね。かなり昔の話です。私は別に自分の霊感が強いと思っていませんが、昔から妙な経験をしているのは事実です。チャンネルが比較的緩いのでしょう。それがつまりは、一度言われた事のある「憑依体質」なのでしょうかね。

「幽霊、霊」に遭いたい人は試してみてください。それで、全く何もなければそれでいいじゃないですか。「幽霊や霊はいない」という結論に落ち着くのも。決して何かを唆そうとしている訳ではありません。あくまでも、自分の経験(人から聞いたり、書籍で読んだりした事も含め)からのご提案(?)です。

「怖い」事が全くダメな人はお控えください。かなり体に悪い事ですから、って怖いのが嫌な人はこんな話、関心ないですよね、ハナから…。

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