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補足説明※48「文化変容」


補足 ■「文化変容:Acculturation」なる言葉を知った時、その言葉の中に「差別的」「優越的」なニュアンスが強く含まれていることを感じました。一般には「二つ以上の異なる文化が接触することによって、その一方が文化の変化が起こる」ということになるかと思いますが、問題は「変わる方の文化」です。何故、変わるのでしょうか? 簡単に説明すれば、「より便利」「より合理的」「より豊か」であることにより「変容」するのですが、見方を変えれば「侵略・征服」とも取れます。違う文化が接触しても変わらないという事例は多くあるのに。

■つまり、文化変容は「より高次な文化に、低次な文化が吸収される」とも解釈できるのです。たとえ、接触した文化が異なったものであっても、両者が同レベルにあれば、そこに「変容」は起きず、もし片方が「高次な文化」であった場合、「変容がもう一つの文化」に起きるということです。こうなると「文化」というよりも、技術・経済の力を伴った「文明」といった方が分かりやすくなります。

■とはいえ「文化」として、例えばアメリカの「ジーンズ」「コーラ」「ハンバーガー」「ブルース⇒ロック」などは世界の文化を「変容」し、今や共有されています。しかし、これは侵略でもなければ、征服でもありません。「洋服」もそうです。今や日本の町中を着物の着流しで歩いている人はいないでしょう。みな、洋服です。お向かいの国でも。これまた、侵略でも征服でもなく、自然な流れで変容していきました。同じ文化としてのベネフィットを共有しています。

■ところが、文化変容には確かに「より高次な文化に、低次な文化が吸収される」という側面があることを否定できないのです。それは、白人文化・西洋文化が多くの先住民社会を「欧化」してきたという歴史上の事実です。古代ローマも同様です。彼らは宗教や様式、経済・物質等々で「同化」することにより支配の拡大を図ったわけです。例えば言語ですけど、伝統的な母国語を失ってしまった国がいくつあるでしょうか。農耕などを中心とした緩やかなコミュニティの連合が近代的な大都市に破壊される様は、日本でもあちこちで見る景色です。

■つまり、純粋な「文化変容」と違い、「様式の変化を越えた物質的経済的な変化」とでも表現すればいいのでしょうか、そうした変容と「文化変容」との違いが不明確であるということは、今日も継続する問題であると考えます。世界的な経済展開が「地域性=地域文化」を著しく阻害しているということは紛れもない事実です。

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