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補足説明※46「観念論」


補足 ■「観念論」に関してその詳細を述べようとすれば、楽勝で本が一冊出来上がります。哲学の領域にあるものでも「これが観念論」と規定できるようなものはないといっても過言ではないでしょう。例えばカントを考えてみても、彼をドイツ観念哲学の嚆矢とする考えもあれば、そうでないとする考えもあります。カントの「純粋理性批判」等を批判哲学と呼ぶ場合もありますが、カント自身にそうした「批判」を哲学とは考えていない向きもあります。要は学者によって見解はマチマチという事で、それはよくあることです。

■極力、ストレートで簡単な説明を試みるとして、まずは新解さん(国語辞典)の記述を引用します。「観念論:(1)外界は、われわれが自己の観念で認めたものである、とする認識論(⇔実在論)。(2)現実に立脚しない、頭の中で組み立てた考え」とあります。(1)は分かったような分からないような…。この「観念」について、同新解さんでは「観念:経験した物事が積り重なって、頭の中で固定的に考えられるようになったもの」としてます。新解さんにしては切れ味と面白みにやや欠けているような…。観念論の(2)などは「頭でっかち」と言っているような…。

■まあ、とはいえ、おおよそ一般的な理解としてはそのようなことなのでしょう。なんせ、相手は「観念」、脳の中の世界の事ですから、そうやすやすと説明できるものではないのも当然です。しかし、哲学の歴史の中ではその歴史は古く、観念論を "Idealism" (違った訳もあります)、つまりイデアですからあのプラトンに通じています。日本ではその訳語が一定せず、学問の領域で異なり、「唯心論」「観念論」「理想主義」などと訳されています。

■物事を説明するのに結構簡単な方法として、その「対立する」言葉を持ってくればいいのですが、前述の「実在論」ですけど、「実存主義」とした方が分かりやすいような気も…。が、これまた、簡単には規定しがたいものです。 「本質存在:essentia」よりも「現実存在:existentia」の優位を説く思想で、「人間の実存」を中心におく哲学思想の立場、とでも言えばいいのでしょうか。ようするに、僭越ながら「補足説明※3」の「唯心論」「唯物論」に置き換えても説明できると思います。「観念論」を「唯心論」、「実在論」を「唯物論」てな感じで。

 「観念論:極めて優れた思考実験で物事の本質を考え、そこには観念のみでの存在もある」
 「実在論:人間の存在とその外界の存在を前提として、その関わり(在り方)について考える」

■これはあくまでも私自身の考え方です。個人的には「ドイツ観念論」の系譜を好みますが、自分自身はそれほどマッチョな頭は持っていないので、ドップリとはいっていません。ちなみにこの「ドイツ観念論」って、ドイツ産のように聞こえますが、当時のカントやヘーゲルがそう言っていた訳ではなく、歴史的産物として後世、習慣的に呼ばれた呼称です。

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