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変 その76「ITで便利になったけど、生産性は? ソロー・パラドックス」


仕事 IT化WEBに乗っかっている者が掲げるには妙なタイトルかもしれませんが、よく考えてみるとITによって様々に便利になっているのは確かですが、それで「生産性」なるものまでが向上しているのかなんて、あまり考えたことは無かったような…。あくまでも私の場合ですが、確かに調べ事があればWEBでググれば即だし、昔は手で書いていた文字がキーボードで打てるし、手紙なんかじゃなくてメールで手軽に相手とやり取りできるし、その「便利さ」を「生産性」といえば、向上しているような…。

で、生産性なるものを愛用の新解さん(国語辞典)で調べてみます。「原料や労働者の数に対して、製品の生産される割合。どれだけ多く生産するかという割合」。なにやら「古典的」な解説です(辞書のバージョンが古いからかな…)。しかし、まあ、意味としてはそうでしょう。コンピュータが身近な存在として社会の中で日常化し、情報化が進んで、社会の「生産性」が向上しているのは疑いようのない事のような…、事のように思えますが、ここで「ソロー・パラドックス」という言葉に出会います。それは「情報化が進んでも生産性の向上が実現しない逆説」とでも言えばよいのでしょうか…。

「ソロー・パラドックス」とはニューヨーク生まれの経済学者であるロバート・マートン・ソロー(Robert Merton Solow:1924年~)の唱えたものです。彼は1987年に「古典派経済学の成長モデルの研究:経済はどうやって成長していくか?」でノーベル経済学賞を受賞しています。ソローの「コンピュータの時代ということを至るところで目にするが、生産性の統計では目にしない」という言葉は、IT黎明期(1990年代)に注目され、事実、巨額なIT投資にもかかわらず統計に生産性の改善が現れなかった事例が多く見受けられたようです。

私もその頃は広告業という仕事柄、ITなるものを無視はできず、成り行きでキャリア(通信業社)に身を置くことになり、「インターネットが社会を大きく変える」という、今思えば熱病のような雰囲気の中で仕事をしていました。改めて思い出すと、そのあたりの予感を明確にビジョンとして持ち得ていたかどうか、怪しいものです。とは言え、ITは特に若い世代の新しいビジネスモデルとして、数々のいかがわしい事業体を生み出し、若い億万長者を生み出し、そしてアッという間に「ITバブル」として萎んでいきました。その辺りの経緯はキャリアの立場からいくつも見てきましたが、インターネットの上に生まれたWEBが「初めて現れた個人のメディア」として社会に根付いていく様には、「経済的なバブル」とは関係なく、新たなコミュニケーションの出現に、手ごたえを感じてはいました。

で、その後、その分野でお仕事することになるのですけど、改めて考えるとそのIT自体が、「生産性」の向上にどれほど寄与したのかと考えてみれば、明確には「答え」が無いことに思いが至ります。確かに、個人的に「仕事」になったのは事実ですが、事業そのものをどうのこうのというほどの「生産性」が…、なんてことは考えたこともありませんでした。むしろ潰れていった事業体は飽きるほどに見てきましたけど。ちなみに、「ガーファ:GAFA[Google, Amazon.com, Facebook, Apple]」など、米国の主要なIT企業の成功は、ITに於いての事業の成功という事では間違いありませんけど、それは「それまでに無かったもの」が現れ、そしてアメリカで事業的に成功し、巨大になった、ということで、それ自体の「生産性」をプロセス、もしくは成功要因として捉えるのは難しいでしょう。

まあ、私は一キャリア経験者としての「(カッコよくいえば)時代の目撃者」ではあると思いますが、経済学者ではありません。先ほどの「ソロー・パラドックス」に戻りますが、少々卑近な例かもしれませんけど、外国の事例はあまり知りませんけど、日本の場合、「伝統的な会社」の中で、積極的にIT化が行われ、それは良いのですけど、その構成員である社員に十分なスキル、ITリタラシーが無く(追いつかない)、逆に業務が相当に煩雑化してしまい「縮小」、という現実は見てきました。

つまり、かなり陳腐な表現になりますけど、生産という行為は「結局は人が行う事」で「ITが勝手にやってくれるもの」ではないという事ではないかと考えています。ロボットが機械を作り、それをコンピュータが制御し、生産効率を上げる、というのは1980年代から実現しています。それは大いに経済的な貢献をしたでしょう。が、先に挙げた新解さんの「原料や労働者の数に対して、製品の生産される割合。どれだけ多く生産するかという割合」という「生産性」の定義に立ち返ると、もし同じものを延々と作り出していくという「労働集約」な事業だけであれば「生産性」は増していくのでしょうけど、「常に新しいもの、スタイル」を生み出していかなければ、どのような産業も会社もビジネスとして陳腐化していくのが現状です。

ここだと思うのですよね。ここは「人」の領域で、後ろに控えている機械たちがどれほど高性能でも、「人」が効率良く稼働しなければ以後の「生産性」もへったくれも無いでしょう。今話題のAIが飛躍的に進化して「シンギュラリティ(補足説明※52)」を迎えた時にはどうなるのか分かりませんけど、今現在の景色として、「ITが生産性に顕著な貢献をしているのか?」「ITが人の仕事に顕著な貢献をしているのか?」なんて突き付けられると、明確に答えを出せるものでしょうか。ちょいと怪しい…。

「ソロー・パラドックス」は、もしかしたら我々の大いなる「勘違い」を警告してくれているのかもしれません。かつての「人類の進歩と調和の明るい未来」が、今考えると能天気な思い込み(それはそれでハッピーだったでしょうが)だったと気付かされます。

「人間がやること」に、それほど大きな違いはなくて、ただ単に「でかく」なっているだけ、人口が増えているだけ、なんてのが現実かもしれませんね。「生産性の向上」という「豊かさ」は、相も変わらず偏って、肥大しているだけかも。

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