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変 その74「だったら売らなきゃいいんですよ ウナギの不漁でウナギの大量廃棄」


ウナギ イラスト去年も今年もウナギを食べていないですね。理由は高過ぎるから。もう、食べたい気持ちとお値段との乖離が激し過ぎます。ハイ、ウナギの不漁とやら、正確にはウナギの稚魚であるシラスが不漁なのでしょうけど、まあ、売り場に並らんだ貧相で痩せっぽちのウナギについたお値段のご立派な事。国産ウナギなんて書いてある奴のお値段を見たらもう、即、サヨウナラです。お店も安価な中国産で売り場を作ろうとしているのでしょうけど、やはり中国産となると、ちょっと手が出ませんね。偏見と言われればそうなんでしょうが、人の食に対する姿勢は相当に保守的ですから。

ちなみに私は瀬戸内海の某沿岸地方都市で育ちましたから、専らアナゴを食していました。大学進学で関東に来て、私と同じように西日本から来た人は関東の、何というか濃いめの味になかなか慣れなかったと思いますけど、こちらに来て「これは美味い」と思ったものが三つあります。その一つが「ウナギの蒲焼」です。あとは「握り寿司」と「蕎麦」。向こうでは寿司というと子供の頃は「チラシ寿司」か「巻き寿司」で、「蕎麦」よりも「ウドン」を好んで食べていました。で、ウナギなのですけど、よく「西の腹開き、東の背開き」なんて言いますけど、まあ、お侍の多いお江戸では腹を開くのが切腹に通じて忌諱されたというのはそれなりに説得力がありますけど、まず味には関係のない事です。

西と東での「ウナギの蒲焼」で一番違うのは、焼く前に「蒸すか、蒸さないか」でしょう。西では、ホント、尾頭付きでの丸焼きです。こちらでは頭なんて付いていません。最初は違うウナギなのかと思ったくらい、上品で美味い蒲焼だと思いました。文化といえばそうなのでしょう。で、こちらで暮らすようになって東の味にも慣れ、ウナギの蒲焼、握り寿司、蕎麦もおいしくいただいてきました。逆にアナゴやチラシ寿司、ウドンをそれほど食べなくなりましたね。あまり、流通していないからでしょうか。しかしどれも「死ぬほど」食べたいものでもなし、食べなきゃ死ぬなんてことはありません。価格が見合わなけりゃ食べなきゃいいのです。

この度、新聞やWEBのニュースで目にした「絶滅危惧のウナギ 2.7トン超が破棄 大手小売店調査」の記事を読んで、なんとまあ、「食」というものがここまで非合理なシステムな中で流通しているのかとため息の出る思いを覚えました。要は、広域流通の大量販売ですが、ちょっと話がずれるかもしれませんけど、私が子供の頃にはまだ商店街で買い物かごを持って買い物するお母さん方の姿が毎日の夕刻の風景でしたけど、例えば八百屋さんに行ってホウレンソウを探していると店のオヤジが「今はホウレンソウが高くて、その割には美味しいものが無いけど、小松菜なら安くて美味しいし、厚揚げと一緒に煮つけるとボリュームのあるおかずになるよ」とか言って、その日のメニューまで提案してくれました。その時に美味しいものを売ってくれるのです。しかし、今の量販店は「品揃え」重視で、とにかくフルラインで商品が並びます。萎びたような情けない姿のホウレンソウも売り場に並んでいます。

いくら高くても「ウナギの蒲焼には高い需要がある」ってな事で、何としてでもウナギの売り場を作るのでしょう。しかし、多くの店がそれをやると、余計にウナギの蒲焼が品薄になって価格も上がってしまいます。結果、多くの人が価格の見合わないウナギの蒲焼を敬遠して、結局は賞味期限が切れたものから破棄せざるを得なくなります。それが2.7トン。調査した量販企業の殆どに破棄の事実が認められたようです。同業者が「せーの」で同じようにバカなことをやっていた訳です。売る自信がなけりゃ、仕入れなければいいのに…。儲けることばっかり考えているのでしょう。消費者の選択が当然の如く賢かったということです。価格が吊り合わないものは要らない、って。

絶滅を危惧されている日本ウナギを必死に無理をして商品化し、結局は破棄をして、その絶滅の危惧を受益者自らが加担し、加速させているとは、どうにも情けない、知恵のない景色です。更に脱力系のニュースとして、二ホンウナギとして売っていた商品の中にアメリカウナギが混ざっていたとか。これは流通システムとしての「トレーサビリティ(Traceability:追跡可能性)の欠陥」もさることながら、モラルの欠如ともいえるでしょう。商品に責任を持っていないということですから。そんなこんなで、ウナギの値段が「ウナギ昇り」ってな脱力系のギャグしか出てきませんね。

昔、日本が冷夏となって深刻な「コメ不足」が起きた時、「コメ文化」の見直しを訴える声がありましたが(つまりは、代替でパンを食べればいい)、「コメは日本の文化だ!」なんて声で批判されていましたけど、私自身、ご飯好きなので「パンじゃ寂しい」と思いましたけど、本音的には「それも合理的ではある」と思っていました。現在の広域流通・大量販売のシステムでもそれぞれの店の者が知恵を絞れば、無駄・無理を省ける、昔の商店街のような消費生活が実現すると思いますけど。

貧相なホウレンソウより美味しいコマツナ。貧相なウナギより美味しいアナゴ。ハクサイが取れないなら、他の野菜を使ったメニューを提案して品揃えすれば良いだけではないですか。つくづくと変な話です。「不足しているもの」を「破棄する」システムなんて。社会の劣化、ということでしょうね。

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