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変 その66「自分のことを棚に上げる認知バイアス バカの高目線の原因」


考える 我ながら身も蓋もないタイトルであると思いますけど、この「バカ」の中には当然、自分も含まれることを前提として書きます。べつに「いい子ぶった」つもりではなく、実際にそうだからです。どれほどのことを自分は分かっているのか、分かるのか…。目の前にあることを常に正しく判断できるのか、その根拠を明確に提示できるのか…。事実、そのような考えに、何かを書いた時、常に苛まれています。しかし、蟷螂の斧程度の勇を奮って「考えて」みることにしています。間違い・勘違い・思い込みはご容赦でやってみるしかありません。と、いつも思って本編のコンテンツを書いているのですが、話は唐突に変わりますけど、世の中には「バカ」が二種類ほどいるようにも思います。ひとつは、「悩むバカ」。もうひとつは「悩まないバカ」です。

以前、本サイトの「思い その53」に「諸悪の根源 バカの定義について考える」などというアホな記事を書きましたが、要は「他者という、自分とは別の感情」に対して、「それを理解しようとする感情移入の能力」を失った(もしくは無い)状態を「バカ」と定義しましたが、正確には「社会的バカ」という事です。無人島に一人でいるのなら、バカだろうが何だろうがどうでもいいことですから。あくまでも、人間と人間との関係性で成り立っている「社会」の中での「バカ」を、思考実験的に考えてみただけです。

で、「悩むバカ」は「バカゆえに悩む」訳ですけど、できれば近くにいて欲しくないのは「悩まないバカ」の方です。具体的にそのイメージを言えば「根拠のない自信のようなものを持って、自らの努力ではなく、相手を自分のレベル以下に引きずり下ろすことで優位性を得ようとする」輩のことですね。私も、そうしたことを全くしたことが無いかと言えば、忸怩たる思いながら、無いとは言えません。その上で言いますが、多いのですよ、こうした輩が。何故なんでしょうか…? 「優越の錯覚」や「傲慢症候群」なんてことも書きましたが、もっとスカッと「悩まないバカ」を捉えた「説」のようなものはないのか、と思っていたら、それらしきものがありました。それは「ダニング=クルーガー効果(補足説明※54)」というものです。これは、既に兄弟サイト「テキトー雑学堂」の「能力の低い人ほど自分を過大評価する ダニング=クルーガー効果」に書いたことなのですが、今少しシンプルに書いて見たくて、こちらにも書きます。「ダニング=クルーガー効果(Dunning-Kruger effect)」というものを簡単に説明すれば、(テキトー雑学堂からの引用)「アメリカの心理学者である、コーネル大学のデビッド・ダニングとジャスティン・クルーガーが1999年に発見した効果だそうで、『能力の低い人ほど自分を過大評価する』だとか。オヤジにとっては比較的新しい時期の言葉で、『イグノーベル賞(ノーベル賞のパロディーですが、中身は濃い)』に輝いたという格調高い研究です」、です。

これは「認知のバイアス」のひとつであり、様々な分野で成立するらしく、それを特定するのは難しい概念だそうですけど、超簡単にいってしまえば「勘違い」「間違い」「思い込み」でしょう。ちなみに「バイアス(Bias)」とは「偏り」の意と考えて間違いはないでしょう。例えば、似たようなものに「正常性のバイアス」なんてものがありますが、これは「自分だけは大丈夫」ってやつです。けっこう思い当たることですよね。要は「根拠」なんて無いのです。しかしそれが堂々と「私の考え」となってしまうわけで…。

で、タイトルに掲げた、身も蓋もない言葉「バカの高目線」ですが、自分が加害者にも被害者にもなることがあります。加害者の場合のことは「自分がよく分かってない」訳ですからこれは置いといて、「被害者」の場合のことを(自分勝手に)言えば、明らかに自分より「考えが劣っている」のに、自説を堂々と主張して「お前の考えなんて俺は認めない」ってな感じでやられることですが、反論するのも面倒臭くて、相手のドヤ顔の高目線に「ヘエヘエ…」とどうでもよくなってくることがけっこうあります。特に、会社での会議や打ち合わせとやらで。まあ、そんなのに出会うと「またか」と思いつつ、どっかで醒めた頭のスペースがあって、そこで「なんでこいつは、こんなことで気持ちよくなってんだか…」と憤りまじりの疑問が湧いてきます。

それを「ダニング=クルーガー効果」が教えてくれるのですよ。つまり、「バカの高目線」が起こる原因には、まず「本人が十分な知識を検証していない」ことがあります。要はインターネットか、取り巻きの情報なのでしょうが、そうした情報は本人がそれほど努力せずともたやすく手に入り、自分にとって都合の良いものを選択できます。根拠は「そう書いてあった」「そう聞いた」で止まっている、というか、それで十分と思って疑わないのです。そして、議論をしてみても、「バカ」ですから理解力が低くて、「相手の言う事」が十分に分からない。で、分からないもの「=否定=相手がバカに見える」になるわけです。そして、「俺は、少しは大したものでこれだけの(根拠のない)情報を持っている」と、「優位に立ったような錯覚」に陥るのです。これが「認知のバイアス」です。展開があまりに簡単で、脱力しますね。で、誤った考えが大方を支配してしまう、と…。「悩むバカ」が「悩まないバカ」に駆逐される光景です。

「そんな単純なものか?」とお思いの方はたくさんいらっしゃると思います。しかし、今現在の社会をご覧ください。世界をご覧ください。かつては「名門」とか言われて一目置かれていた「お会社様」のアホくさい末路を。新聞で見聞きする「国の運営を預かる」方々の、これまた脱力系の発言の数々を…。彼らが「反省」なんて感情と無縁なのは明らかです。次から次へと、繰り返し繰り返し起きますから。で、これは偏見と言われてもけっこうなのですけど、経験則として「悩まないバカ」は「社会的なステイタスが比較的高い」方々に多いですね。「悩むバカ」はどうも要領が悪くて社会的なステイタスが低い傾向があるように思います。陳腐すぎる例で言えば、「正気な非正規社員のアイディア」を「悩まないお正社員様の高目線」が批判を浴びせるだけの「代案無し」で潰していく、そんな事をウンザリするほど見聞きします。

キリがないのでこの辺にしますが、「ダニング=クルーガー効果」が書かれている「クラウド時代の思考術:ウィリアム・パウンドストーン著」という本にある「アメリカ人、特にミレニアル世代(2000年以降に成人・社会人になった世代)がどんどんバカになっている」という言葉、笑いたいけど本気で笑えませんよね。日本人はどうなんでしょ? 「バカの高目線」ってのは戦前の軍人や役人に多かったような気がしますが、今は…。役人は変わらないとして、大きな会社の経営者ですかね…。「勝ち取った地位」ではなく「与えられた地位」にいる方に多いような気がします。偏見と言われようが、そんな気が…。

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