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変 その65「会社がイヤで会社を辞めて、会社へ入る…」


考える これって、正確に言えば「今の会社が嫌で今の会社を辞めて、別の会社に入る」って事なのでしょうが、八百屋をやめて魚屋になるってのはあまりないと思いますので、同じような業界の中で動くだけだと思います。私の経験から言っても、広告代理店をやめた人は次も広告代理店で、食品会社を辞めた人は次も食品会社に入っています。ほぼ、例外なく。で、待遇面がどうのこうの、ってのもあるのでしょうけど、いきなり破格の条件で別の会社に迎えられる、ってのはまずあり得ないと思います。ヘッドハンティングなんて胡散臭い言葉がありますが、私はこれを「首狩り」と訳します。辞めさせたい社員を追い出すのに使われることもあるシステムみたいなので。もちろん、まともなのもあるでしょうけど、ヘッドなんてどうでもよくて、職安のハローワークとそんなに変わんないでしょ。その意味では社会的役割としては必要なのかね?

と、まあ本題に移れば、それほど「会社」ってものに違いがあるのでしょうか? 甚だ、疑問。少なくともフリーランスの身で主に外から色々な会社を見てきた経験から言えば、大して変わりがあるようには見えません。例えば、A社の社員数人が居酒屋で飲んでいて、その隣でB社の社員数人が飲んでいるのを、互いに数人入れ替えてみても、あまり話していることは変わらないような…。殊更皮肉っているつもりはないのですが、どこも同じじゃないですか。会社を変わって給料が上がるって人はほとんどいませんでしたね(外資はあり得る。が、不安定)。たいていは逆。落ちていく人の方が多い。まあ、今は会社がどこであれ、「非正規(差別的用語ですよ)」から「お正社員様(これって日本語?)」になる方が大変なのでしょうけど。

あまり茶化しすぎてもいけないのですが、私が経験したことで「????」なことは、「会社はもうイヤだ!」なんて言ってた人が辞表出して、しばらくしてまた会ったりすると別の会社にいたりすることです。「あれ、会社はもうイヤなんじゃなかったの?」ってからかいたくなりますが、よく考えてみると、何とも珍妙な風景に見えます。今の時代、リストラってのもあるでしょうが、会社を辞めたいって人の殆どは「人間関係」が理由のようで(私の経験則)、それって、どこへ行っても逃げられませんよ。だって、人間はどこにでもいますから。フリーランスには「諾否の自由(だくひのじゆう:仕事を受ける受けないを自分で決めること)」がありますから、ヤな野郎の仕事は(よほど困っている時でない限り)受けませんので、あまり「人間関係」とやらに煩わされることは比較的少なくて済みます。ただし、稼ぎを失うというリスクを背負いますけど。まあ、そうなれば「ハイ、次々」と別の仕事を(必死で)探しますが。

で、いったん会社を辞めた人は面白いことに(失礼)、けっこう次々と会社を変わっていきますね。で、結局はお給料も待遇も落ちていきます。もちろん、一つの会社を勤め上げる人もいますけど、円満に定年の時を迎えるというより、少なくともその3年程度前(定年という事実がハッキリと感じられるころ)位は、働いている人をほとんど見たことない。役員候補の目がある人は別ですけど、よく喫茶店でお茶飲んで新聞読んでるのを見かけましたね。憑き物が取れたような感じで。長年勤めあげた「ご褒美」のようなものなのでしょうか。ハッピーかどうかは知りませんが。

景色としては、一つの会社に勤め続けるのも、色々な会社に変わるのも、最後の方は同じですね。「会社がイヤ」というところも同じですね。で、どうあろうと同じ「会社」というシステムの中にいるわけで…。変わらないんですよ、本気でそこを出ない限りは。そこでオヤジ(私)は昔を思い出して、苦笑してしまうのですけど、自分より若い連中がよく言っていた「俺はいつまでもこんなところにはいない」「この会社はまともじゃない」「他社から誘われているけど、どうするかな」なんて言っていたのが、けっこう、定年近くまでその会社で頑張っていたりして…。あの、陳腐な喩えですけど、ハツカネズミが輪の中をクルクルと走っている姿を見たことありますか?

ここまではオヤジ(私)の茶化しとして、ほんのちょっとだけ真面目な話を。昔、「日本株式会社」ってな言葉がありましたが、それは日本の国のシステムが「会社」というものを中心に動いていることを揶揄(?)した言葉であると思っています。が、もうとっくにそれも限界というか「陳腐化」しているでしょう。特別に何か「効率的・効果的・有機的・有利」に働くシステムではなくなっていると考えます。もうホンダもソニーも出てこれないし、名門と呼ばれた企業が目も当てられない状態になっていますし。殻だけ残って中が虫食いだらけの昆虫の死骸みたいに、外骨格だけでかろうじて形を保っているのが今の「お会社主義」じゃないでしょかね。もうほとんどの人がそれに気が付いているとは思うのですけど…。

まあ、提案というほどのことでもないのですけど、ここらで「成長」なんて甘い考えを忘れて、日々を各々に生きていくという「稼業」を復活させるってのはどうですかね。大工、漁師、農家、畳屋、八百屋、魚屋、豆腐屋、パン屋…etc.なんて。稼ぎはまあ、働いた分だけってことになるでしょうし、定期昇給なんてのもボーナス、退職金なんてのもありませんが、それ自体が妙なシステム(もうとっくに崩壊、維持できない)に成り下がっているのですから、下手に「人間関係」に振り回されるより、「稼業と趣味」で生きていくなんて、粋ですね。定年なんてないし。爺になっても豆腐屋ロッカーとか、八百屋登山家とか、畳屋演歌歌手、パン屋歌舞伎役者なんていっぱいいたら、面白いでしょうねえ。

付け足しのような言い方ですが「学校を出て社会に出られなくて学校に戻る」先生もけっこういらっしゃるようですので、もっとテキトーに生きられる社会、商店街的な社会があったらなあ、と思う今日この頃です。

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