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変 その59「下流老人? 非正規ミドル? よくもまあ勝手に名付けるもんだ…」


社会しかし、マスコミというのは色々な言葉をよくまあ、考えるもんですね。それ自体は仕事でしょうからどうでもいいのですけど、「下流老人」に「非正規ミドル」ですか…。かつては「マル金(キン)」「マル貧(ビ)」なんて言葉もありましたね。「勝ち組」「負け組」とかも…。これ、文字として使うのは自由でしょうが、それが言葉になって発せられたとき、その言葉は誰に向けられるものなのですかね。現実の人間に向けられるのでしょうか…。「冗談もいい加減にしてくれ!」って言いたい。 こうした言葉が明らかに「差別的ニュアンス」を含んでいることに気が付かないのでしょうか…。「自分はそうならない」と思っているから思いつく言葉なのでしょうか…。

以前から強く思っていることなのですが、まず「正社員」という言葉、これって、どのように定義するのですか? で、その反意語として「非正規社員」? これ、何度でも云いますけど、明らかにおかしいでしょう。適切な表現は、「両者ともに被雇用者」。同じものなのに、二つのものに分離されるのは「差別」故でしょう。「変その2」でも書きましたが、「正」の反意語は「誤」(正誤表なんてありますよね)。であれば、「非正規社員=誤社員」ってことになるのでしょうか。「非正規」って表現を思いついた人って、言語能力としても、甚だ幼稚。

私にはこうした言葉、マスコミが「社会に警鐘」を鳴らしているという大義名分も若干は認めざるを得ないでしょうけど、マスコミも含めた「正」の側にいらっしゃる方々が「上から目線」で「差別的」に造っている言葉に聞こえます。そもそもが、人を勝手に二つのものに分けて呼称するのは社会的「スティグマ(烙印)」に他ならないでしょ。「非正規」を百歩譲って「そのような状況にある人」として語るなら、企業がバブル崩壊以後、人件費の削減に躍起になって「リストラ」なんて造語(本来の意味と違う)を大義名分にして、大量解雇を図り、お国までがそれを助けるために「労働法緩和」をやったことが原因でそうなった人達のことでしょう。本人が望んだ事でもないのに、そこに「非正規」なんて「差別用語」を生み出すマスコミ。人間の姿なんて、そこには感じませんね。

かくいう私(オヤジ)も長く非正規(ってやつ?)。正社員なんて殆どやった事はない。自らは天下御免の「フリーランス」と名乗っています。ちなみに、「非正規ミドル」と呼ばれる方々の子供世代で、経済的に教育の機会を得られない、教育の機会を諦めざるを得ない状況があるようですが、そうなると「非正規」が連鎖していくのでしょうか。私事で恐縮ですが、生まれたところが自慢したいくらいの「マル貧」で、大学に行くのに授業料も生活費もありませんでした。しかし、一応大学は出ています。シンドカッタ…。いえ、自分は頑張ったと云いたいのではなく、当然、金を稼ぐ時間が必要ですので卒業するのに4年では無理で、倍近くかかりました。で、やっと卒業はしましたが、就職活動は殆どの企業から「門前払い」。理由は卒業の年齢です。

その時思いましたね。自分としては(ちょっと子供じみていますが)それなりの苦労をして大学を卒業したことを自慢したい気分はありましたが、世の中は「育ちの悪い奴=素行の悪い奴」てな評価しかしないのかと、多少のショックは覚えました(被害妄想といわれりゃ、反論しない)。年齢だけで「門前払い」なんて、人格を否定されたように思ってしまいますよ。機会も与えないなんて…。まあ、貧乏というだけでの「いじめ」や「差別」には子供のころから慣れていましたが、そうしたものに対抗するには「我慢」と「暴力性(直接的な暴力じゃないですよ)」、適度な「愛嬌」が必要でしたけど、自分の経験としては、むしろ結果的に「変わりようのないボンクラ社会」にスッキリとした思いを(大学卒業時に)持った記憶があります。

例えで自分の事を書きましたが、言いたいのは「要はこの社会は規格化されてここまで来たけど、もうその規格まで維持できなくなった」という事です。私の場合は前者の時代で、今は後者の時代。いずれにしても毎度おなじみの「差別」が形を変えて世の中に現れるのですが、ついでに私事でいけば、フリーランスですから当然「社会的には多勢に無勢」で、随分と「いじめ&差別」的なものには会いましたよ。だからって可哀そうと思ってもらいたいのじゃなくて、その「いじめ&差別」の相手がいつも「それ程、大した事のない『正』側の奴」だったことです。ちゃんと「物事」の分かる人(少ないけど)にはそれなりの対応してもらえましたね。ですから、オヤジになるまで「非正規」ではあっても、何とかやってこれたのでしょう。

その当時は「ひでえ時代…」と自分は思っていましたが、今の方が「ひでえ時代」だと思います。たかが「正社員」かどうかで生活に大きな差が出てしまう…。では「正」なる者が特に優秀なのか? 答えは超簡単。その連中は「たまたま」に近い流れで「正」側にいるだけで、ボンクラが多いよ。偏見じゃなくて、自分が経験してきた事実。例えば、たまたま石油や貴金属が産出される地域に自分の国があったようなもの。全部が、とは言いませんが「殆ど」。で、たまたま石油も貴金属もない地域に自分の国があって、運悪く「下流老人」や「非正規ミドル」なんて烙印を勝手に押されてしまう人々がいる、ということです。しかし、それが何とも理不尽な「格差」を産んでいるのが実情でしょう。

私の考える、状況解決の提案はいつも超簡単。「二元的」となる存在を無くせばいい。つまり「正」なんて必要性の無いものを消してしまえばいいのです。となれば全ては「一元的」となります。ただし、一人一人が自分で考え、自分で意思決定するというのは少々難儀なことで、それを全ての人が負う事になります。しかしながら、「得るもの」があれば、「失うもの」があるのは致し方ないことで、「平等とは、不当を排し、機会の均等を疎外せぬこと」を実現するには、一度マッタイラにすることが必要でしょう。

この国はまだ「行き倒れ」「餓死者」を毎日目にするような国にはなっていません。それどころか、相当に地力の在る国です。だから、イ・マ・ノ・ウ・チ、にやっておけばいいのではないですか。では、まず何から、やれば…。とりあえず、意識の方を変えるなら、全ての労働契約を個別的に行い、その契約には最低限の制約(契約期間の明示禁止、最低賃金の遵守)をかけ、社会保障は完全に一元化(お国はそうするって昔、言ってたのに…)。で、全員、税の申告は自分でやる。年末調整を会社がやるなんてとんでもない。お金がもらえるってことで納税者意識が薄れるだけ。有無を言わさず取られてるんだよ、実際は!

あと願わくば「楽市楽座」的な空間の拡大かな。自治体のやる「特区」ってのは成功しない(成功例を知らない)から、とにかく最低限の警察権限は認めた「自由商売」エリアができれば、コミュニティーの復活にもつながるんじゃないかな。少なくとも「下流:上流(?)」「正規:非正規」なんてのは、そのエリアでは成立しないでしょ。

子供が「将来なりたいのは正社員」なんて、マジで言い始める時代が来る前に何とかしなきゃ。どうせ、2015年時点で「正と非正規の割合逆転」が既に起きてますから。「正社員」なんて言葉には何の意味も無くなるのは近い。ねえ、総理大臣殿。

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