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変 その57「歪なアイデンティティ② 人を貶めることでしか生きられない」


アイデンティティしつこく「歪(いびつ)なアイデンティティ」の、その②です。あの、この記事を読まれて不愉快になられた方がいらっしゃったら、事前にお詫びします。別に、何かがあってそれに憤って書いている訳ではありません。今までに経験した中から「集約」できることを「変だよなあ…」と感じて書いているだけですから。「あるある、こんなの」程度のノリです。

前回の①で、アイデンティティなるものに違和感を感じた事(今でも感じています)を書きましたが、私の基本認識として、「日本人としての帰属意識、歴史認識」の上にはアイデンティティなるものが必要なのか、という素朴な思いがあります。この「帰属意識、歴史認識」が問題となるのは、言いかえれば「国境(国家?)と権威」の連続性が問題となる場合であると思います。具体的に言えば、例えばヨーロッパですけど、ドイツやフランスやイギリスの国の形をパッと思い浮かべることができるのは地理に詳しい人でしょうが、10世紀前のそれらの形を即座に思い浮かべることができるのは研究家の方でしょう。片や日本は10世紀前も同じで、権力は変われど「ミカド」という権威はズッとその所在が同じです。なんだかんだ言っても、殆どの日本人は同じ国土の形と、とりあえず同じような史観を共有しています。そこにどのようなアイデンティティの必要があるのでしょう?

で、つまりこれは「社会」と「個人」との間の単純な「折り合い」の問題であると感じている次第で。誤解を恐れずに言えば、精神病理的な…。「自分探し」なんて言葉を聞いた時、ここまで「個人」というものは弱っているのか…、と少なからず驚いた記憶があります。これって、眼鏡を頭に掛けたオヤジが「メガネ…」って探しているような、古典的ギャグみたいなもので、「そこにあるでしょ」で終わりです。

つまり、「社会」の中で、「自分とはこういうものである」という「社会的存在」だけの問題で、それほど大袈裟なものではなく、それ自体は大昔からあるものです。だから、欧米で云う所のアイデンティティと、日本でいう所のアイデンティティは全く異質のもので、向こうは「ルーツ」なんて言葉まで必要になりますが、日本では必要? まあ、ブームとして「自分のルーツ」なんてなるのでしょうが、それは前述した「自分探し」と同じくらい妙なものであると思います。まあ、ゲームみたいなものでしょう。

と、能書きの方が長くなってしまいましたが、このアイデンティティなるもの、日本人としては「社会」の中での「病理的」なものとして問題になるのでしょう。故に「歪なアイデンティティ」ということになるのですが、①では「社会という他者から認められて」存在を確認(=生きている)するというケースについて書きましたが、今度の②では、本来は「主体性」そのものである「感じて考える自分」というものが、実はこれも「社会という他者に認められて」存在を確認(=生きている)しているという、誠に「歪」なケースについて考えてみました。

まあ、そんなに大袈裟なものではないのですが、皆さまの周りにたくさんいらっしゃいませんか? 私は「会社」とやらの、いわゆる「組織」の中でたくさん見てきました。今や、WEBの中にもかなり棲息しているようですが。つまり、「自分が向上」しようとするのではなく、「他者を貶めて、相対的に自分を高めている」ような人たちです。簡単な事例で云えば、人の意見に、「全く誰にでも云えるような事だな。○○(本の名前や他人の発言)も知らないのか。まあ、その程度だよな」って、言う必要も、何の結果も得られない事で、自分の存在をアピールして「俺は少しは大したものなんだぞ」ってドヤ顔する人たち。

これ、実害と云えば「人を不愉快にさせる」だけなのですが、他には何も進展させないし、何かを生み出しもしない事なのですけど、そんなことを連発して「自分の存在を確認」しているのでしょう(か?)。殆ど、というより全く「無意味」で「非生産的」なことです。で、そうした人がおバカさんかと云えば、それなりの社会的地位とそれなりの学歴をお持ちの方々なんですよね。とにかく、人を否定して見事なくらいに貶めて、自分が上に行こうとするのではなく、周りをひたすら陥没させて「出よう」としてきます。見ていて笑えるくらいに。

「俺は認めない」「○○の本も読んでいないのか」「だからダメなんだよ」と延々と続きますが、こうした方々の特長は「自分の意見、考えをあまり(全く)言わない」ということです。そりゃそうですよ、それがないから、そんな「不毛」なことをやる訳で。

こうした人に出会ったら、ムッとくるのを何とか収めて、お祈りしてあげましょう。「お幸せに」「お大事に」「お元気で」「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」「アーメン」、等々、何でもいですから。元々、次元がずれていますから、同じ目線に来ることは不可能です。反撃しようとすれば、虚しい時間を過ごすことになります。こっちは「我慢」で済みますが、向こうは「アイデンティティ・クライシス( Identity crisis )」がかかっていますから。自己喪失という意味らしいですけど…。

次は③、って、これはもうやめましょう。①②が典型でしょう。

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