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変 その3「優越感って、何が根拠で持てるのか」


上から最近読んだニュースの中で「自分は平均より優れている、と思う心の錯覚はなぜ生じるのか」と言う事が大脳生理学的に解明されたとか、ってのがありました。要は「優越感」の事ですけど、テーマとしてそれを「心の錯覚」としているのが非常に面白いと思います(補足説明※4)。

「優越感」の反対は「劣等感」ですが、どちらも裏表で、私的には普通に理解できる心理として「劣等感の補償が優越感」、「優越感とは劣等感に対する自己防衛」ってな感じで考えていました。が、今回のは医学的に「脳内の生物学的仕組みを世界で初めて発見」という事ですので、この見出しだけでもかなり興味を引かれました。で、調べてみて資料を読んだのですが、文化系の人間にはちょっと優しくないというか、不親切な内容でした。無理やり分かりやすく言えば次の通りです(多分)。

自分は平均より優れているという心理学的錯覚「優越の錯覚」は知られていた事実という前提で、そのメカニズムを調べるために、被験者にあるキーワードを示し、それを基に「自分はどれくらい平均より優れているか」を調査したところ、平均より20%強ほど(偏差?)自分は優れているという結果が出たそうです。なんか、20%強というのが慎ましいというか、優越ってその程度、って感じです。で、要は大脳生理学(医学)からのアプローチですから、やっぱり出てきました。脳内物質、ドーパミン。文化系はこの辺りでぶっちぎられますが、この研究の成果として、「優越感」というものをポジティブにとらえている所が面白かった。抑鬱状態、絶望感の薄い人ほど優越感を覚えるそうで、詳しい医学的な仕組みは置いといて、この優越感のメカニズムが精神医療(たとえば認知症など)の分野で、診断や治療戦略などへの応用として、期待できるそうです。

その辺まで資料を読んで(殆ど理解できていないような…)、それは医学的な成果と認めつつも違和感を覚え始めました。つまり、学術的にはそうでしょうが、日常的な感覚、道徳的なものから考えると「優越感」はポジティブなものとは思われないでしょう。「劣等感」のほうは同情、慰めの対象になるでしょうが、この「優越感」はむしろネガティブな精神とみられるだけと思います。事実、ソクラテスの有名な「汝自身を知れ」という言葉がありますし、儒教では、「辱(じょく)」といって、自分を高めようとするのではなく、相手を貶め、辱める事に由って自分を優越な立場に立たせることを恥ずべきこととしているとか(記憶が曖昧ですが…)。

やはり、優越感なる「痩せた精神」は医学ではなく、日常的な心理で考える方がシックリと来ます。人一倍の努力をし、何かを得た人は「達成感」を持つことは間違いないでしょう。しかし、それは「優越」とは縁のないものの筈。私にとって、日常的にこの「優越感」に出会うのはいつも「いやな場面」です。自らが覚える「達成感」「尊敬」「畏敬」等と違って、「優越感」は往々にして誰か(他者)に対して向けられ、成立するものです。だって、相手がいなければ「優越」の基準というか対象がない訳ですから。向けられた者は辟易とします。ハイハイ、ってなもんで。

おそらく、冒頭で書いた医学からのアプローチは「優越感」という言葉を用いるより「自信」という言葉を用いた方が良いのでは。「自信」も錯覚から生まれる事はありますから。それに、「自信」なら、相手(人)がいなくとも、身の内で成立しますのでポジティブな要素は「優越」より数段まともでしょう。まあ、理系と文系のアプローチの違いと言う事でお茶を濁して…。

で、この編のテーマですが、「優越感」というものにそもそも根拠があるのでしょうか? たとえば「最強」ですが、何を以て「最強」とするのかは相手というか領域(ドメイン)が必要となります。格闘技でなのか、サッカーでなのか、いくつでもそのドメインがあります。まあ、「最強」なんて「最もお金持ち」ってのと一緒でキリのない無限ナントヤラですが。

優越感なるものも同じで、相手が必要です。というか、相手次第で変わります。テストの点で優越感を感じたいのなら、自分より点数の悪い者だけを見ていればいい訳で、仕事で優越感を感じたければ、金を貰う方よりも金を払う方(お客ね)に回ればよろしい。もしくは若い社員に「俺が若いころは」なんてやるのもいいですね。しかしこれは思わぬ反撃をくらう事も…。

然様にこれほど「優越感」というのは実体のない心理状態で、ポジティブな要素など全くと言って良いくらい、ありません。

某超一流企業でブイブイやっていたのが、企業が危なくなった途端に卑屈になるか、被害者意識の塊になるなんて、腐るほど見てきました。また、自分は有能だとこれまたブイブイやっていたのが独立したとたんに真っ逆さま、っていうのも珍しい光景ではありません。「優越感」なんて、そりゃまあ多少気持ちがいいのは分かります(なんせドーパミンですから)が、自分のためにも人のためにも、全く役に立たない「変」以外の何物でもありません。それが「自信」であるのなら役には立ちますが、根拠のない「自信」もあるし…。

実際、多い事に気づくんですよね、世の中の埒外に近い所で生きているとこの「優越感」をもった醜悪な野郎たちに。って、おっと、本音が出てしまいました。

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