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変 その17「非正規社員? まだ気が付かない鈍感社会」


砂漠この件について書くのはもう三回目です。「変」だと思う事はたくさんあるにしても、気が萎えてしまいそうになります。「言葉」に対して社会が「鈍感」になっているのは、社会自体が「正気」を失っている、もしくは弱っていることの証であると思います。まだ気が付かないのでしょうか? この編の前回では「解雇特区(マスコミの販促用造語)」なる言葉の奇妙さについて書き、「その2」で「正社員」という言葉のおかしさに付いて書きました。

ですが、いつまでたってもその「言葉」使いがおかしいという意見に出会いません。ひょっとして、私だけですか、変だと思っているの? それとも、沈黙? どうせどうしようもない実態に諦めて…。沈黙しているのは、「非正規」という差別用語と言い切りたい言葉を一方的に「スティグマ(烙印)」として受けている当事者たちでしょうか…? この「スティグマ」については「思いその9」で「自殺のない社会へ」から引用させてもらいましたが、では誰が烙印を押しているのでしょうか? 答えは簡単。「社会」です。その社会とは「未だに、正社員とかいう、これまたミョウチクリンな言葉を自身の身分であると錯覚している方々の集合体」です。この方々、統計上はまだ三分の二程度はいらっしゃるようで。民主主義的には「支配的数字」です。恐らくそれが10年くらいの内には二分の一になるという予測もありますが、減少しているのは事実です。いずれなくなる呼称であるとは思っているのですけど、そうなると、「正規」と「非正規」とが拮抗する社会が来るのでしょう。

この「2大勢力」が存在する社会とはどういう事でしょうか。ハイ、永遠に平行線の角逐が始まります。二つに割れて安定している社会は歴史上あり得ません。何が起こるのでしょうか。予定調和的には「革命」でしょうね。その前兆としての「暴動」から始まることもあり得るでしょう。長くこの国で暴動なるものが発生してなかったのは、この国が「世界にも類稀なる均質性」を持っているからだと考えています。そこには「差別」なるものが、宗教的にも、人種的にも、政治的にも、世界で最も希薄であったことが理由だと思います。もちろん、ユートピアなどではないでしょうけど、相対的にそのような国であった事は間違いないでしょう。

しかし、本編「その2」でも書きましたが、「非」ですよ。そもそも「正社員」なる言葉は法律用語には無く、雇用契約に雇用期間がない(正確には定年制度がありますが)だけの事です。それが「正」なら、「非」は? 契約によって期限があるか、いつでも解雇できる存在? なんで? その法的根拠があいまいなまま、「正」と「非」とに分けられ、誰も「おかしい」と思わないまま「非」は一方的に烙印を押されて、声も上げられない、のですか? まだ、身分を守られているという錯覚を持った「正」が多数である限り、一見、社会は安定しているでしょうが、「非」とされた方が多くなってくると…。

簡単な話じゃないですか。「正」も「非」も無くして、一本化すればいいんですよ。「労働市場」と「セーフティネット」を同時に目指せばいい訳で、極端な「所得格差」「根本にある利権」の発生を防ぎながらそれを行う事はそれほど難しい事でしょうか。ジニ係数が「1」(補足説明※18)という悪夢を防ぐことができない政治など、民主主義の中ではあり得ない筈。ジニ係数では0.4を「社会が不安定になる警戒線」としていますが、これはおおよそ、「富」と「貧」が半々になる状態の手前。

とまあ、そうはいっても私は政治家ではありませんので「ド素人が!」と言われれば「はい」と答えますけど、少なくとも「言葉」という人のコニュニケーションを唯一作り上げる手段が「鈍感」になっている社会がどうなるかは、歴史を見れば一目瞭然です。安定感の高い日本ですら「大暴走」をかつてやっている訳ですから。「貧相で紋切り型の言葉」が社会を鈍感にしてしまうことだけは間違いない事です。言い切ります。何をしているの、知識人たちは…。

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