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不思議 その66「今、そこで見たのに… 不自然にいなくなった人たちの共通点」


考える 唐突なことを書きます。何となく、いつも思っていることなのですが、私たちの周り、つまり「日常の生活空間」の中には、一般に「幽霊」と呼ばれる者がたくさんいるのではないでしょうか。別にそれを証明できる証拠があるとか、確たるものがある訳ではないのですが、そう感じる時があります。月並みな表現ですが、「我々生者と幽霊とは共存している」のではないか、と。ただ、その在処の「次元」が違うため、常時共存というわけではなく、何かのはずみで同一の次元に存在してしまうのでは。「何かのはずみ」なんてのはいい加減な言い方でしょうが、量子論などでは「ゆらぎ」とか「対称性の破れ」であるとか、完全に規定されたきっかけで起こるとは限らない概念を持っています。ですから「何かのはずみ」というのは、偏りのある確率として起き得ることなのだと思います。

この「疑問(確信?)」を単純化してテキトーに言えば「今すれ違った人が幽霊でないと証明できますか?」ってことです。それを証明するためには、その人の後をつけて、お住まいを特定し、名前を確認して、住民票を取ってもらえば可能ですが、まあ、そこまでやる人はいないでしょう。ですが、そこまでやらなくても、ふとした日常のことで「幽霊」なるものとコンタクトしている可能性については、証明も否定も「数学的」には相当に難しいでしょう。もっとも、「そんなバカげた事がある訳ない」って方には全く関係のないことですけど、私は、命を一つのエネルギーと考えれば、その「位相」と「次元」が異なる存在として「何かのはずみで接触する」可能性はあると思います。

以前にこの編の「その55」で「幽霊は何故タクシーに乗るのか 哀しすぎるその想い」で、あの東日本大震災の被災地でのタクシーの運転手の方々の体験について書きましたが、そこには「日常生活」の中にあるタクシーという空間の中で、あの大震災で亡くなられたと思われる方々の「私は死んだのですか…」という言葉や、運転手の方に、津波で何も無くなっている住所を告げるエピソードが、淡々と語られています。そうした「誰か」を乗せた証拠は、タクシーのメーターに残っているそうです。誰も乗せないのにメーターを倒す運転手の方はいないでしょう。それを殊更根拠としてこの記事を書こうとしているわけではありませんが、その記事を読んだとき、私にはまったく違和感などなく、自然にそうした事が受け入れられました。タクシーの運転手の方々も、それをレポートしている方もそうだったと思います。

ここからは私の経験からです。といっても、何か特定の事柄ではなく、思い起こせば「そうだよなあ…」と思う事です。こんな経験は誰もが(多分)お持ちだと思います(珍しくもないことだと思います)。昼でも夜でもいいのですが、道を歩いて誰かとすれ違い、何故かその人が気にかかり、「しばらくして」振り返ると、そこには誰もいない、なんて事。もしかしたら横道に入ったのかもしれません。商店街だったら、お店に入ったのかも。しかし、入ることのできる横道もお店もなかったとしたら。そうした経験を「怖いその43」の「霊は実体化するのか、脳が見るのか…」で書きました。その時、振り返らなければ何ということもないただの日常のことです。

「振り返る」という反応が無ければただただ人とすれ違ったというだけのことですが、そうして日日、色々な人とすれ違っているわけですけど、それらがすべて「良く知っている人」ではありません。どこの誰かは殆どが分かりません。気にかけなければそれだけの事。しかし、何故か、振り返ってしまうことがあるのです。何かの想いの様なものが伝わってくるのでしょうか。そして、そこにその人の姿が見えない。不自然にいなくなっているのです。何かが気になって「振り返る」のですが、何が気になったのか明確には分かりません。で、そうした「振り返った時に不自然に消えている人」たちの共通点があります。どんな表情であったか、どんな特徴であったか、ハッキリと思い出せないのです。どんな服装だったかも。

家の前が公園ですけど、そこでも似たような経験はあります。誰かがいて、公園ですから不思議もないことですけど、ふと目を逸らしてまた公園を見やると、誰もいない…。その時に見たのが、子供だったようなお年寄りだったような…。もちろん、目にした全ての人をいつも詳細に観察する訳ではありませんが、若い人だったかお年寄りだったか、男か女かくらいは分かりそうなものです。しかし、よく覚えていない。しかも、振り返ったり、再度見やったりしたとき、その人の姿は見えない。

こんなこともあります。ご経験のある方もいらっしゃるかと。夫婦、もしくは友人知人などと一緒に歩いていて、すれ違った人が気になって「今すれ違ったおばあさん…」というと、「今の人、おじさんだよ…」なんて話がかみ合わない事。それはただの、人間の「観察力」のいい加減さなのか、それとも、やはり「何かの想い」をキッカケにして「違う次元と時々接触して」いるのか。そこに存在する人を「幽霊」と表現するのは正しいのか…。しかし、人に見えることだけは、確か。

ハイ、気にしなければ何の問題にもならないことです。しかし…。

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