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不思議 その53「今という瞬間… それは過去? 未来?」


考える 朝起きて、顔を洗っている時にふと感じたのですが、「今日もこうして、朝に顔を洗っているけど、昨日の朝も同じように顔を洗っていたよな…」なんてアホらしいと云えばそれまでの事ですが、それが何かとても不思議なことのように思えてきました。今は家庭の事情で在宅ワーク中心の毎日ですが、同じような仕事が続くと「今日が昨日でも、昨日が明日でも同じようなもの」って感覚になってきます。毎日机に座ってPCのキーボードをチャカポコと叩き、依頼されたWEBサイトのコンテンツを作り続けていると、まあ、集中力も途切れがちになり、脳も少々くたびれてきます。そんな状態の時、普段は感じなかったようなことを感じてしまうって事、私の場合、たまにあります。

毒にも薬にもならない(どーでもいい)事なのですが、一旦感じ始めると、脳が仕事から逃避し始めるように、あらぬ方向へ動き出すのでしょうか。当然、昨日と今日は違います。喰ったご飯も違いますし、まだボケてはいないので、何を喰ったかは覚えています。しかし、昨日と今日が一体どう違うのかとアホなことを考え始めてしまいます。では、明日は…。やはり、朝起きて、同じように顔を洗っているでしょう。隕石が頭を直撃したりして、「私」という意識が消えない限り。

仕事部屋のソファに、起きたばかりなのに横になって、仕事を始める気にもなれず、どーでもいい事を考え始めます。ハイ、そういう時は一日、たいてい仕事にはなりません。

例えば、「今」という言葉を口に出してみた瞬間、その「今」は即座に過去となってしまいます。で、時間が過ぎていくので次には未来がやってきます。ほんの数秒の中に過去と未来が存在してしまうのです。では「今」とはどこにあるのでしょうか…。もう一度、「今」と言葉に出してみます。その「今」はやはり過去へと飛んで行きます。ソファに寝そべったままそんなアホなことを繰り返していると、頭が何やら気持ちよく泡立ってくるような感じがし始めます。

で、いきなり、カート・ヴォネガット・ジュニアの「スローターハウス5」に登場するトラルファマドール星人が頭に浮かんできます。SF好きの方ならご存知でしょうが、このトラルファマドール星人(何回も言っていると舌を噛みそう…)とは、他の作品にも登場してくる、カート・ヴォネガット・ジュニアのSF作家としての「世界観」を現すための存在であると思っています。

トラルファマドール星人は「四次元(補足説明※42)」の中に生きています。というと、あまりSFに興味のない方は「四次元なんて陳腐な表現…」と思われるかもしれませんが、われわれも実は「四次元」の中に生きている生物なのです。アインシュタインによれば「時間」と「空間」は不可分なものであり、その「時空連続体」の中に宇宙は存在し、その中にまたわれわれも存在しています。ただ、トラルファマドール星人はその「時空連続体」の中を、自由に移動できます。われわれは「未来という一方向」にだけしか移動できません。

「時空連続体」というものを超簡単に説明してみれば、「空間」という三次元に「時間」というもう一つの次元が加わった、雑駁に言うなら「トンネルを走る自動車」を想像してください。トンネル内で運転している自動車の中が「今の空間」です。で、トンネルは前にも後ろにも開けていますが、これが「時間」です。そのトンネルの先が「閉じているのか、開いているのか」は学者たちが解明しようとしている、「ビッグバン」「ビッグクランチ」「ビッグリップ」(補足説明※43)など、そっちに話が行ってしまうとややこしくなるので、ここでは割愛します。

いずれにしてもわれわれが乗っている「今」という自動車は、前にしか進めませんし(バックすりゃいいだろ、という突っ込みはお控えください)、その速度には制約があり、一気に遥か未来までは行けません。しかも、個々に寿命があります(進める距離)。しかし、トラルファマドール星人はトンネル内を自由に(前も後ろも無い)移動できるのです。「移動」というよりも「存在できる」といった方が正確かもしれません。彼らは未来に起こる自分たちの終焉を知っています。そして過去も。ネタバレになるので「スローターハウス5」の話はしませんが、彼らは「時空連続体」の中に「生き」、滅んでもいますが、「過去」の中に「存在」もしています。

トンネルを、前にしか進めないわれわれ人間は、後ろ(過去)の事は(多少)分かっても、前(未来)の事は行ってみるまで分かりません。しかし、住んでいる世界は人間もトラルファマドール星人も、同じ「四次元=時空連続体」なのです。トラルファマドール星人にとっての「今」とは…? それは「未来=今=過去」となるため、「今」は存在しない、と言えます。われわれ人間には「今」という概念があります。が、それは「過去から未来へ押しやられている状態」とも考えられますので、常に「移動」しており、「今」は特定できないとも言えます。もちろん次元ですから、その存在を「未来」に対しては「予測(予定)」、「過去」に対しては「記憶(記録)」と云う事で特定することはできますが、それは「今」ではありません。では、「今」とは…。

いかがでしょうか? こんなこと考えていると次第に脳が泡立ってきませんか? こんなこと考え始めると脳が「循環閉鎖回路」に入ってしまい、一日「役立たず」の存在になってしまいます。ハイ、私の事です。

何かの本で読んだのか、私の脳が勝手に作り上げた言葉なのか、「来し方が今、行きし方が今」って言葉が泛んできます。それを「人生」などという重い言葉で考えれば、「行きし方」が見えないというのはありがたいことなのでは、なんて考えます。毎日が同じ事の繰り返しであろうと、それ自体は結果に過ぎないので倦む必要もない訳で、将来に「不安」があろうともどうせ見えない(分からない)のですからそれを「夢」に替えることもできるわけです。トラルファマドール星人は「滅びているのに存在している」のですから、早い話、それこそ「何も変わらない世界」に生きている訳です。それに比べれば未来に蓋をされている方が、毎日同じことの繰り返しであろうと「楽しい」ですよ。

ハイ、これくらいにしましょう。さて、仕事でも始めるか、って、明日やろ…。

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