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不思議 その41「物が動いているのか 動いているように見えるのか」


認識 イメージ自分のサイトのどこかで書いたと思いますが、私は以前、「ものを書く」事で飯を食っていました。それほど売れませんでしたけど、まあ、数年は食えました。運が良かったのでしょう。しかし、ある事で「書く事」への興味がプッツンと切れて、止めてしまいました。出版社で「自分の書きたいものを書く」というのは至難の業です。とにかく、面白くなくなりました。今はWEBで好き勝手な事を書いて、久しぶりに「書く事を楽しんでいます」。ただ、その時に色々書き溜めて置いた「プロット(ストーリーの構成)」を全て捨ててしまったのは惜しかったと思っています。もう、殆ど忘れてしまいましたが、ショートショートのプロットで未だに未消化で頭の中に残っているものがあります。「不思議」はネタの宝庫です。未消化ですが、一度書いてみたいという気になりました。で、書きます。

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今年高校生になった少年Aには、子供のころからおかしな力があった。例えば、目の前にある鉛筆を、手を触れずに、頭で考えただけでコロリと少し転がせることができる。重いものは難しいが、コインやサイコロ程度のものなら動かせる。子供のころに親や大人の前でそれをやってみせると、決まってこう言われた。「わあ、すごい手品だね。どうやるの?」。
その内にバカバカしくなってきた。確かに、目の前の鉛筆やサイコロをコロリと転がせる事に、一体、どんな意味があるというのか。Aは、その妙な力をもう人には見せなくなった。
そして、高校生となり、新たな学級で、もともと人付き合いが苦手なAは、まだ友達もできず、何時も昼食は一人で食べていた。
ある日、昼食のパンと牛乳を買ってきて、自分の席で食べていた。退屈な毎日。別に友達が欲しいとも思わない。何かをやりたいとも思わない。ただただ退屈な毎日に心が少しばかり鬱屈しているA。机の上のパンを少し動かしてみた。周りに気付かれない程度に少しだけ。パンは、何度か、ホンの数cm程度動く。何度かやって、バカバカしくなってやめた。ため息交じりにまたパンにかじりついていると、その傍らに人が立っているのに気が付いた。同じクラスのB。彼もいつも昼食は一人で食べている、端正な容姿に似合わず、どこか人を拒むような雰囲気を持っている。
BがAにいう。「それ、いつもできるのか…」。その言葉に少しギョッとするA。「え、何の事…」。Bは真顔で言う。「さっき、パンが動いた…」。Aは咄嗟の返事に困った。
放課後、皆の帰った教室で話すAとB。Aが戸惑って言う。「いや、だから、そんなの見間違えだって」。Bは無表情でポケットから小さなサイコロを取り出し、Aの机に置く。そして、そのサイコロがコロリと転がった。それを見て、言葉もなくBを見るA。「…」。
その日、AはBの家に立ち寄る事になった。Bの部屋はパソコンやビデオなど、いろんな機器が無造作に転がっている、無機質な感じのする部屋。Bがビデオカメラを手にして言う。「ちょっと、実験に付き合ってほしい」。Aは少しムッとして不貞腐れたように答える。「実験…。そんなのいいよ。君のも手品だろ、僕のも手品だよ」。Bはそれに答えず、ビデオカメラをテーブルの上に向けて、そこにサイコロを置く。そしてビデオカメラを回しながら、サイコロを数回、コロリコロリと転がして見せた。そしてAに言う。「今度は君の番だ」。Aは「実験」という言葉にムカついてはいたが、特に拒絶する理由も見当たらず、Bがやって見せたのと同じようにテーブルの上の、サイコロをコロリコロリと動かした。
Bは、いましがた取った映像をビデオカメラのモニタで見ている。Aはイラついたように言う。「実験とかなんて、意味ないだろ。だいたい、サイコロが転がったって、何の意味も無いんだから…」。そのAの言葉を無視して、ビデオカメラの再生モニタを見ながら、Bが独り言のように言う。「やっぱり、そうだ。君と僕とは同じなんだよ」。
確かに二人ともテーブルの上のサイコロを動かした。しかし、ビデオカメラの再生モニタにはテーブルの上でジッとしているサイコロしか映っていない。それを見て、どう理解して良いのかわからず、呆けたような顔のA。「…」。
Bが言うには、これは「物を動かす力」ではなく、「自分がイメージした物・事を相手にも見せてしまう力」。「サイコロは動いていない。動いたように見せるんだよ」。Aは思わずテーブルの上のサイコロを見やった。Bはさらに続けていう。「そして、その力に気が付かない自分をも騙すんだ」。Aは黙ってそれを聞いていた。「君はそれに気が付かなかったけど、僕は気が付いて、訓練してみたんだ」。その言葉にBを見やるA。「訓練…?」。で、思わず声にならない声を上げて咄嗟に後ずさりするA。そこに立っているBの顔は、さっきまでの男子生徒Bではなく女の子…。「私の事をみんな男子生徒だと思っている。親の前では女の子だけどね」。
AとBの持つ力は「人の認識を狂わせてしまう力」「無いものを見せたり、違うものに見せたりする力」。Bが囁くようにAに言う。「この力を鍛えてみたら、どうなると思う…?」。A、咄嗟の言葉が見つからない。無言でBの端正な「女の子」の顔を見つめている。Bは薄ら笑いのような表情で言葉を続ける。「この世は認識で出来ているの。その認識を欺ければ…」。Aの頭は混乱していた。「見えているものが、違うってことは…」。BはAを真顔で見据えて言う。「そう、人の心をコントロールできる可能性があるって事よ。この力を鍛えて、何ができるか考えてみない」。
-----------(ここまで)-----------

えー、おあとがよろしいようで。所詮、部分的なプロットですから完全なものではありません。

私は中途半端に終わりましたが、作家とか目指している人は、この程度のプロットを何十、何百も考えてトレーニングすると、多少の力は付きますよ。まず、書く事が苦痛ではなくなります。
まあ、一部の天才さんは除いて、テキトーでも何でもいいですから、何か考えて書いてみるという事は楽しいものです。

自分が見ている世界が本当の世界か、なんて一度は考えた事がある人って多いと思います。だから、そこに創造力が生まれます。全ての分野において。「物が動いているのか」「動いているように見えるのか」、そんな事をズッと考えていると気持ち良く脳が泡立ってきます。「不思議」さを感じて受け入れる力は殆どの人が持っている筈です。「否定」は力ではありません。

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