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不思議 その37「予知? 確率 偶然 経験則 無意識の分析…」


時計 予知能力というものを信じるかどうかと聞かれれば、「否定できない」と答えます。あるとかないとか、根拠が無ければ「嘘」という萎縮した考えは持っていません。「私は神だ」なんて言われると、ちょっと引きますけど…。予知とは時系列的にまだ「起こっていない」「分からない」ことを、まさに「予め知る(あらかじめしる)」という事ですが、私自身、「何で…?」と感じながらも、それっぽい経験が何度かあります。自分で一番驚いたのは、本篇の「不思議その14」でも書きましたけど、子供の頃、テレビのクイズ番組で箱の中の景品が何であるかとの司会者の言葉を聞いて、「月の石…」という言葉が思い浮かび、実際に箱の中には「月の石の指輪」が入っていたという経験です。「月の石」が出て来るなんて、どれくらいの確率…?

それを「予知」というのか、それは「確率」「偶然」というのか、場合によっては「経験則」という事もあるでしょうし、それは「無意識の分析能力」という可能性もあるでしょう。どのようなメカニズムであろうとも、「予知」的な事を経験している人って、それを否定する人より、実は意外と多いのでは…。まあ大抵は「科学的でない」という事になるのでしょうが、私が経験する「予知」というのは、そんなに先の事ではなく、直後に起こる事が何度か頭に浮かぶ程度です。「たまたまでしょ」と言われても否定はしません。実際、それほど頻繁に起こる事でもありませんし、「不安、もしくは期待」が当たっただけの事かもしれません。

ただ、その感覚が妙に「確信的」なのです。何となく、といった感じではなく、けっこうハッキリと。その「予知」的なものが起こる場合の共通点は「眠い時、疲れている時、酔っぱらっている時」で、要は「脳」「意識」が、鋭敏な状態ではなく、「弱っている、テキトー」な状態です。感じとしては「あーあ、こうなるから」と、もう次の場面が見えているような気分です。

先の子供の頃の事は置いといて、身近な事で言えば、個人的な趣味で恐縮ですけど、私は野球が大好きです。やる方ではなく、「観る方」ですが。野球は草野球で随分遊びましたが、本格的にはやっていません。贔屓のプロ野球チームの試合はいまやCATVがありますから毎日観ます。球場でも。観ている時は大抵酔っぱらっています。ン十年もプロ野球を観ていれば、大抵の投手の配球や野手のシフト、その時に選択する戦術は分かります。しかし、分からないのは打者が「打てるかどうか」です。ですが、たまに酔っぱらって試合をジッと見ている時、一緒に観戦している者(友人、女房)に、ヘラヘラとして、「ありゃ、こりゃホームランだわ」なんて言うと、ホームランが出たり、「こりゃ、あそこに球がきてレフトへヒットだ」と言うとその通りになります。

野球を例に出したのは「身近である事」と「偶然、経験則」という事で片付けやすいからです。事実、私の言う事が当たった時、友人や女房は「私が野球をよく観て、知っているから」という事で片付けます。それでいいのですけど、本人は試合の流れの中に入っていて、その流れの少しだけ「先」に行ってしまった感覚なのです。あるプロ野球選手が、怪我で入院している時、やはり毎日野球を観るしかない状態の中でこのような事を言っていました。「野球をズッと見ていると、何か流れのようなものが見えてきて、どっちが勝つとか、どうなるかとかが分かるようになる。まず、100%そうなる」とか。まだ現時点で現役の選手です。これ、本当でしょう。

自動車の運転でもそうです。後ろから来た車をルームミラーで見て、「ああ、この車、俺を追い越して、その後、事故るわ…」と当たり前のように思っているとその通りになったり、路地から車が出てくると思って、ブレーキを踏むと、本当にその路地から車が飛び出して来たり…。居眠りはしていませんが、趣味のゴルフや釣りの行き返りの、少々眠い時によくあります。

しかし、博打ではサッパリ先の事は分かりません。必死になっているからでしょうね。故阿佐田哲也のように居眠りしながら(彼はナルコレプシー:補足説明※26)やっていると強くなれるのでしょうか…。

自分の経験を全て「たまたまの確率」「偶然」と片付けられてもどうとも思いませんが、私の考えとしては、地震や災害の予知とか、世界の終末の予知は別物として「人」には、近未来の事程度は予知できる能力があるのではないでしょうか。仮説としては「経験則により、無意識の中に蓄積されたデータベース」が「相当に高い確率での予知を知らせる」と考える事もできます。だから、意識が弱って、無意識(識閾下)を押さえる力が下がっている時に起こるのでしょうか(「意識と無意識」については、兄弟サイトである「テキトー雑学堂」の「人文・思想その18」に書きましたので、よろしければご参考までに)。

いずれにしても「偶然」もありとして、自分が少し先に起こる事を感じて、それが現実となり、少なからず驚かれた方は多いのでは。それを「たまたま」と考えるより、「人」が本来的に持っている能力と考えた方が、不思議ではありますが、自然なような気がします。防衛本能のようなものでしょうかね。

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