「不思議」「怖い」「変」を普通に考える。タイトルバナー

不思議 その35「輪廻転生があるから 生命は再生産できる」


銀河前提として、これは「思考実験」です。「輪廻転生(りんねてんせい or てんしょう)」なるものを私は信じます。いや、信じざるを得ないのです。この概念がなければ「生命が営々として太古より再生産(進化の概念ではありません)され続けている事」に説明がつかないとさえ思っています。「輪廻転生(転生輪廻ともいうそうです)」とは、簡潔に言ってしまえば、人に限らず全ての命は「死」という「肉体的」「物質的」な終焉を迎え、そしてその命は新たな器である「肉体」に転生する、という事であると認識しています。それが永遠に(弥勒菩薩の登場まで?:補足説明※25)続くという事です。故に、「生物的な死」はあっても、「命、生命としての死」はなく、それは常に再生産を繰り返し、循環していく、という考え(教え)です。ちなみに私、特定の宗教に所属はしていません。

極めて素朴に私もそう考えざるを得ないのです。Wikipedia に、要約すれば「生物の総量は膨大であり、それは太古からの増加を考えれば、前世を持たない生物が存在する事になる。また、原核生物などの原始的生物もそれに含まれるのか」。ということで、「輪廻」「転生」の矛盾を突かれている記述があります。ここでは「輪廻」を人間以外、「転生」を人間のみと定義されていますが、殊更反論したい訳ではありませんけど、「命はエネルギーと同義で一個体に属するものではなく、総量として捉えられる」「人間以外であろうとも、生物は全て物質的な器」「命の量が増加するのは、この世(宇宙)が複数の次元(多次元)から成立し、命の総量は他次元から供給される」と考えれば、その「矛盾」と感じられるものを解消できるのではないでしょうか?

そして「涅槃(ねはん、菩提:ぼだいも同義)」という言葉がありますが、これまた簡潔に言えば、「輪廻転生という循環の(仏教的には)苦しみから解放され、悟りの境地に至る」という事ですけど、これを「別の次元に移って行く事」と考えれば、「命というエネルギーの総量は全次元では一定であり、各次元を移動する」として、理解できるのではないでしょうか。その次元を「高低」で区分するのはちょっと恣意的で難しいですけど。

あくまでも「思考実験」においての事ですが、命をエネルギー的なものとして捉え、生物をその物質的な器だとすれば、人間一人の器を満たせるエネルギーは、微生物であれば数億分の器を満たせる。そう考えると、器である肉体、生物の身体を「命の絶対的な単位」として捉えるのではなく、器はあくまでも物理世界に支配された「物質」であり、それをもって一つの命であるとは特定できない、という考え方になります。

その考えに基づけば、太古の生命も、今の家族である人間も、他人も、そこにいる猫や犬、細菌さえも「全てが時空に縛られない多次元の中に、一定の量としてある命をそれぞれの器(人間であったり、犬であったり…)の中に持っており、その一個体の器が滅びても全体としての命の総量は変わらない」、そのように考えられないでしょうか。

で、肝心の「命」なるエネルギーですが、これは事実として、物質のように捉えたり、観察したりすることができません。それを捉えようとすれば、極めて「観念的」にしか捉えられないものですから、「哲学」や「宗教」などが必要になってくるのであると考えます。唯物論などでは到底、追いつく事の出来ない世界です。

そもそもが「宇宙」のモデルを様々に考えている学者たちの研究対象である「物質」が、上記のような世界を持っています。「ビッグバン」「多次元宇宙」「ダークマター」「ブラックホール(&ホワイトホール)」「時空連続体」「質量=エネルギー」等々。物質に関してさえそれは宇宙という中で「天体」として「輪廻転生」しています。それは「エネルギー」という事にも置き換えることができます。その宇宙の中に存在する「命」のみが特別な存在であるとする方が不自然であるように感じられるのです。

異論、反論、それは個人の自由です。他を排斥してまでこのような考えを主張するものではありません。ただ、色々と「不思議」に思う事を考え続けていると、そのような概念に至るのです。何故そのように自分が考えるのかも「不思議」です。「哲学」は言葉を武器に「真実」を炙りだす戦いの学問であり、「宗教」はこれまた言葉を武器に「命」の存在を捉えようとする行為であると考えます。その力をちょっと借りて、思いを巡らせます。

が、私自身の言葉ではこの辺りが限界です。しかし、これからも知りうる限りの言葉と概念で考え続けるのでしょう。何と言っても、もっとも「不思議」なテーマですから。多少無責任な表現ですが、「幽霊」でさえ、「宇宙」というテーマといつも一緒です。

余談ですけど、ある人の言葉ですが「考え続けて、もうそれ以上考えが浮かばない時、脳味噌がガチッと音をたててロックされる」とか。面白い表現です。私の場合は「脳味噌が溶け出すように、シュワシュワと泡立つような音」がします。

「不思議」を考える編 目次へ



【商品検索】Powered by Amazon

↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

■これからギターを始められる方のご参考にでもなれば。
木の音 バナー
「雑学を楽しむ」サイト
テキトー雑学堂 バナー
「花を楽しむ」サイト
花を飾る バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.