「不思議」「怖い」「変」を普通に考える。タイトルバナー

不思議 その34「もし、フワフワと浮かんでいるものが見えたら…」


フワフワ イメージいきなり唐突で、「何の事やら?」といったテーマですが、もし、ということでお考え頂ければ、と思います。ある時、夜でも昼でも構いませんし、白かろうが赤かろうが青かろうとも、近くでも遠くでも、ハッキリ見えてもボヤッとしててもいいのですけど、何かが「空中」を漂っているのを目にしたら、どう思われます? というより、それに対してどう反応されるでしょうか? おそらく、反応として一番多いのは、「目がおかしい…」と思われる事でしょうか。次には、あり得ないものとして、その正体を無理にでも合理化しようとすることでしょうか。もっとも簡単なのは「目の錯覚」として、その存在を否定する事でしょう。私は何度かそれを見ています。フワフワとは限らず、ヒュンと素早く動くものもありましたが、その場合は不思議ではあっても、観察する暇がありません。いくつも連続して飛んでいるのなら別ですけど。それは、昔、見た事があります。大抵のパターンとしては、まず、半透明に近い。で、形としては丸か楕円形に近いですかね。光っているような感じのものもあります。ハッキリと見えることもありますし、その輪郭が曖昧なものもあります。

錯覚ではなく目の病気として、「飛蚊症(ひぶんしょう)」なるものがあります。目の前を小さなものが飛んでいるように見え、 形状は糸状だったり、小さな粒や丸い輪、また、半透明の場合もあるようです。これは目をこすっても何をしても消えません。原因は眼球の内側にありますから。眼球の中は硝子体というゼリー状のもので満たされています。この中に加齢や何かの原因で小さな血の塊や、濁りの塊などが漂うとそれが目に見える症状です。私の知人で「目の前をオタマジャクシが飛んでる」と言った者ががいました。自然に治る場合が殆どのようですけど、網膜の損傷による場合は治療が必要となります。錯覚(?)としては、明るい所から暗い所に入った時、何やら宙にものが見える場合もありますが、これは明るさによる残像ですから、しばらくしたら消えます。精神に関わる病気の錯覚ならこれは何でも見えます(幻視)。

何が言いたいのかといいますと、そうしたものを何度見ても、それが「何」かという事はついぞ分かりません。ですから、このWEBで書く事はあっても、あまり人には話しません。結論のない、徒に「疑問の再生産」をする循環に陥りますから。しかし、自分の心が不思議さで満たされるのはどうしようもありません。といって、「何」と特定できるものでもありませんし…。そういう事は個人として「受け入れる」しかないのでしょう。

火の玉? 霊魂? プラズマ? 地球外生命体? 頭がおかしくなった? 異次元からの何か? 仮にどれであったとしても、それでどうなるものでもありません。

と、それを結論にして終わってしまっては、このような事を書く意味が無くなってしまいます。私は心は病んでいません。医者に行くと「タバコをやめろ 酒を控えろ 運動をしろ」という「オヤジの三大お約束」を突き付けられはしますが、今の所、特に病気ではありません。頭が良いか悪いかは知りませんが、普通に思考はできます。知能指数も猿には確実に勝てます。
この世界の物理法則に反するようなものが現れるのは、ある一瞬、その法則の調和性が「乱れる」からではないでしょうか。素粒子論に興味を持たれている方は比較的抵抗が少ないと思うのですが、この世界の元となる世界(ややこしい…)では急に粒子(質量、エネルギー)が現れるなんて事、珍しくも無いそうです。それどころか、質量とエネルギーはどちらかへ「ゆらぐ」ものであり、「エネルギーの不確定性関係」から考えれば、マクロな世界でも「あり得る」事だと思えます。そもそも、ミクロな世界とマクロな世界とはどこが分岐点なのでしょうか。宇宙視的な目で見れば、我々の日常世界など、ミクロな世界です。

その立場に立てば、物理法則がある特異点でその調和を崩すなんて事は、むしろ学者的な頭でなく、普通の(無責任な)頭で考えれば十分にあり得ることだと思えます。

私が「そういうもの」を見ると言っても、ごくたまにです。「一日一回、火の玉」という訳では当然、ありません。で、そういうものを全く見ない、見た事がない、という人もたくさんいます。見た事があるという人もいます。確率と考えるには、見る人と見ない人とが偏っています。ですから、これは確率論ではないと思いますが、ズッと運のいい人と、不運の連続といった人もいますから、やはり「そういうもの」に出会うのは確率であるのでしょうか…。

やはり「疑問、何故の再生産」が始まり、循環し始めますね。いずれにしても「不思議」に対しては「見なかった事にしておこう」と、「脳」が非合理、もしくは不利なもの・事から自らを守るために、完全に否定する事もあり得るでしょう。これはある程度、科学的に証明されていたと思います。分かりやすい例で言えば、交差点で衝突した車の運転手が、どちらも「信号は青だった」と言い張るという事が(警察の方に聞いた話)よくあるそうです。これって、あり得ない事で、どちらかが「嘘」をついている訳ですけど、絶対にどちらが本当か分からないそうです(最近はカメラがありますが)。

例が悪いような気がしますけど、我々がこの世界を認識しているのは脳によるものですし、その対象である世界は完璧な調和で成り立ってはいません。つまり、「不思議な事」「説明のつかない事」がゴロゴロしている訳です。

で、言いたかったことは、人には「受け入れる力」もありますから、それを駆使して、目の前をフワフワと訳の分からないものが漂っていたら、戸惑うよりもキャーキャーといって楽しみましょう。ご提案

「不思議」を考える編 目次へ



【商品検索】Powered by Amazon

↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

■これからギターを始められる方のご参考にでもなれば。
木の音 バナー
「雑学を楽しむ」サイト
テキトー雑学堂 バナー
「花を楽しむ」サイト
花を飾る バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.