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不思議 その33「涙活… るいかつ、って読むのでしょうか…?」


泣く イラスト 「涙活…」。その言葉を見た時、これはもう私にとって「変」から「不思議」に移行しました。以前、本サイトの「変その23」で「泣ける」って言葉への違和感について書きましたが、この「涙活」という言葉を見て若干調べた時、もう違和感などではなく、誠に不思議な事であると感じ始めました。「就活」「婚活(離婚活もありましたっけ?)」は理解の範囲内ですけど、「涙活」はねえ…。何でも「月に数度は泣いて、心のデトックスを図る活動」であるとか。デトックスとは「解毒」の事で、泣く事により体の「悪い成分」が排出されるとか。しかも、「能動的」に泣くのだから「涙活」。しかし、泣くことが心のカタルシス(浄化)となる事はまあ、経験的に多少分かりますが、「解毒」って事になるとよく分からないですね。学説として成立しているとかって、あるのでしょうか? ストレス成分を低下させるってのは科学的に証明されているというのは聞いたことありますけど。

私は「泣く」より、むしろ「笑いたい」のです。「笑活」というのはないのでしょうか。まあ、これは特段の事でもなく、昔からやられているように思いますけど。寄席に通ったり、お笑い劇を見たり、冗談を言い合ったり。某製薬メーカーの調査(被験者100人)によると、泣いた後に「気が晴れた」「悩みや不安がなくなった」「より嬉しくなった」とか答えた人が65%になるそうで…。「涙ソムリエ」なる方(ナンジャ、ソリャ?)も存在するようです。そもそも「涙活」も「離婚プランナー」なる方が提唱しているとか…。

ウーン、どうしても理解できないのです。不思議を通り超えて、また「変」「おかしい」に戻ってしまいそう。積極的に、能動的に「泣く」ということは、あまり「泣く事」が無いという事なんでしょうか? 喜怒哀楽は人の自然な感情で、どれにも「涙」「泣く事」は付いて回ります。「嬉し涙」「悔し涙、憤りの涙」「悲しみの涙(一番普通)」「感動の涙」。「涙活」の涙って、どれなんでしょうかね。どれでもいいのかな…。

泣くためのコンテンツを用意して「さあ泣くぞ!」ってな感じなのでしょうか? 非難覚悟で言えば、○○○ーベーションに似ているような…。

そもそも生物は排出、調整の機能を持っていて、魚などは体の中の余分な塩分を鰓から排出して体内の塩分濃度を調整するようですが、これを「涙」とは呼ばないですよね。ウミガメが産卵するときに「泣く」ように見えるのは、ウミガメが体内の塩分を排出する器官(塩類腺というようです)を目の横に持っている為だそうで、あれは涙ではないです。では、涙の機能は? 第一は乾燥や異物から目を守るためでしょう。海の中の生物には要りませんわなあ。陸に上がった生物に備わった機能でしょう。感情で涙を流すのは人間だけのようです。感情というのは「知性」とともに発達した訳で、それはコミュニケーションのためにある能力といっても良いのではないでしょうか。相手に喜怒哀楽の情を伝えるために。

で、「涙」は何のためにあるのでしょうか? 涙は「哀しい、悲しい」感情につきものですが、人間ほど「表情筋」が発達していれば、涙は無くとも表情だけでその感情は伝えられそうに思うのですけど、涙が出てしまいますよね。一説には、まだそれほどコミュニケーション能力が備わっていない乳児、幼児のアピールとして「涙」を流すという能力が必要だったという事ですけど、赤ちゃんが大きな鳴き声を出して涙を流せば、確かにそれを見た者が、何かを感じるのは間違いないでしょう。その能力が大人になっても残る、と。自分の「哀しい、悲しい」という感情をより強く伝えるために「涙」を流すのでしょう。「涙」を象徴的なサインとして使うと考えるのは分かりやすい。

で、話を元に戻しますけど、「泣く」と「気が晴れた」「悩みや不安がなくなった」「より嬉しくなった」というのは何なんでしょうか? そもそも、そうではないから「泣く」訳で。泣くと「ストレス性物質」が排除されると言いますが、ストレスというのは人が生きていくのにある程度必要なもので、これが0になると、いわゆる「エクスタシー、恍惚」状態で、外界に対して適正な反応ができなくなります。しかも、そもそも「ストレス」とは概念で、具体的な物質は「ストレッサー」としてその要因であるとされますが、これは物質だけではなくあまりにも多い。涙で全て流せるものではないでしょう。

私だけかもしれませんが、「涙活」という言葉を見ると、なにやら趣味のような、「楽しい事」のように感じてしまいます。涙は、人がその感情として「自然に」持っているものですから、意図的にコントロール(?)しようとするのは誠に不自然な事であると思います。「涙を流すとスッキリとする」という事と「哀しい、悲しいから泣く」という事がどうにも結びつかないのです。

誠に素朴で「大きなお世話」の疑問かもしれませんけど、「泣くとスッキリする」のなら、人の感情が持っている喜怒哀楽の中で流す涙は何なんでしょう?喜怒哀楽自体が「スッキリする」という、なにやら三段論法めいた話になりそうで不思議…。「泣くのを堪える」というのは不健全な事。

数々の歌手たちに歌われてきた「涙くん、サヨナラ♪」というのはおかしな歌詞となるのでしょうか? 個人的な事で恐縮ですが、私には「能動的に泣く」ような余裕はありません。涙は堪えるものだと古典的に考えています。最後に一発、「人の泣き顔なんて、見たくねえよ!」、です。

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