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不思議 その17「夜、庭を誰かが歩いていると訴える母親 で…」


玉砂利唐突ですが、我々の世代(オッサン)は親の介護という避けようのない現実に入ります(まあ、いずれは誰でも…)。うちは、父親が7年、母親が5年と、他の人との比較は単純にできませんが、けっこう長い介護の期間がありました。私は瀬戸内海沿岸の某地方都市出身ですので、最後の方はこちら(関東)から行ったり来たりでけっこう疲れました。それがもう終わりにはなりましたけど、今度は家人のほうの親が…。

という話は置いといて、もう数年前ですが、私の母親が殆ど動けなくなって、こちら(関東)に引き取る事を決断しました。その時に住んでいたマンションでは部屋数が足りず、ちょうど手頃な広さの貸家があったので、そちらに引っ越し、母親の部屋を確保しました。

雰囲気の良い家なので気に入ってしまい、買おうかとも考えましたが、いずれは家人と二人になる訳ですから、ちょっと広すぎます。それで、ひとまずはそこを借りて、母親の介護を始めることにしました。母親には一階南側の和室を使ってもらう事にしまして、庭にアジサイや金木犀、椿などの季節の木が植えてあり、球砂利が敷かれ、なかなかの風情です。

で、引っ越して来てから身の回りも落ち着き始め、母親も新しい環境にそれなりに慣れた頃、その母親が妙な事を言い始めました。「時々、夜中に庭を人が歩いとる」。正直、脳梗塞で、認知症も出ていましたから、あまり真面目には取り合わなかったのですけど、何度も訴えてくるので、仕方なく、夜、母親の部屋の隣で夜中にその音がするのを確認しようと待機していました。何も音など聞こえなければ、それで母親を落ち着かせようと思いました。

家人を付き合わせ、待機の最初の夜、日付の変わる午前0時くらいだったと思います。明日の仕事の事を考えながら、まあ、1時くらいまでは付き合うかと眠いのを我慢していましたが、その時、確かに、私にもに聞こえました。外を誰かが歩いているような玉砂利を踏む音が…(家人には聞こえなかったそうです…)。掃出しの窓はカーテンを閉めたまま。外は見えません。聞き間違いではないかと思い、庭の方に集中していると、また聞こえました。誰かが、ゆっくりと玉砂利の上を歩いているような音が。

私、すぐにカーテンを開け、掃出しの窓を急いで開けました。周りの家の電気は既に消え、月明かり程度の明るさです。庭には誰もいません。玄関から庭に出て、確認しましたが、やはり人の気配はありません。

しかし、確かに玉砂利を踏むような音が聞こえました。周りの家で玉砂利を庭に敷いているのはこの家だけです。母親の部屋に行くと、母親は目を覚ましていました。母親が「今、庭を人が歩いとった」と訴えます。私、「ありゃ、わしよ。今、庭に出とったけえ(方言)」。それを聞いて、母親も納得したような表情を見せましたが、不安そうな様子。ちなみに、母親と話す時は私も方言に戻ります。

確かに私も聞きました。空耳というにはあまりにハッキリと。しかし、その事は母親に黙っていました。何かの音がこっちに聞こえてくるのか…。しかし、玉砂利を踏むような音が、どこから聞こえてくるのか分かりません。玉砂利の音は玉砂利の上でしか聞こえません。猫や犬でも、ましてや(都市部でもたまに出る)狸でもありません。人の足が玉砂利を踏みつける音です。

その後も、夜、庭を人が歩く音がすると母親が訴えてきます。どうしたものか、と、悩む私自身もその音を聞いています。とにかく、音の原因を探るより、不安がる母親を落ち着かせる方法を考えました。その頃はまだ日本刀を持っていませんでしたが、持っていたら「魔除け」に使ったでしょう。その象徴的な「魔除け」になるものを考え、一つだけ思いつきました。数珠です。私の数珠は菩提樹を削った珠で出来ています。菩提樹はお釈迦様がその下で悟りを開いた木であり、神聖なものとされています。魔除けに効果があるかどうかは関係ありません。象徴的な何かが必要だったのです。

私、夜中に母親の傍らに菩提樹の数珠を持って待機しました。そうしたら、またあの玉砂利の上をゆっくり歩く音が聞こえました。母親は私が横にいるので起きていました。やはり母親にも聞こえたようです。「ほれ、またじゃ」。私は菩提樹の数珠を母親に見せて、「見いや、こりゃ菩提樹の数珠じゃ。魔除けよ」。母親はもともと、そういう事を即受け入れます。

私は玄関から庭に出て、菩提樹の数珠を握りしめ、しばらくそこに立って周りを眺めていました。あまり気分の良い状況(怖いのは怖い…)ではありませんが、母親の部屋に戻って菩提樹の数珠を見せ、「これではあ、大丈夫よ。もう出んけえ」。いささか臭い、芝居がかった言い回しに、我ながら気恥ずかしく思ったのですが、これは母親に暗示をかけようと意識して言った言葉です。年寄りの母親は田舎育ちですから、霊魂の類は疑うことなく受け入れます。

それ以来、夜、庭の玉砂利の上を人が歩くような音はピタリと止みました。そして、その後、母親が逝き、広すぎるその家から、またマンションへ移りましたが、気になっていたある事を不動産屋に聞きました。何も知らないとの返事でした。何が気になっていたかというと、その辺りは高台で、そこに空き家が出る事はまずないそうです。それが、持ち主は何故か別の場所に引っ越して、空き家になり、その家はとにかく、値段を落としても何故か売れないそうです。私も一時期は買おうかと思ったくらい雰囲気の良い造りの家なのですが。立地は、そのエリアでは一等地。ポツンと一軒だけ、また空き家になりました。

あの玉砂利の音は何だったのか? なんて、今更どうとも思いません。受け入れるしかありませんから。菩提樹の数珠は暗示だとしても、確かにあの音は消えました。で、その家を出る時に、何故か不思議な事に涙が出てきました。母親の事を思い出してでしょうか。それもあるかもしれませんが、それはもう気持ちが整理できています。歩いていて、突然の事です。驚くやら恥ずかしいやら、下を向いていましたが、とにかく涙が出てくるのです。引っ越しは慣れていますけど、涙が出てきたことはありません。

根拠はありませんが、何かが私を泣かせている訳で、そういう時はとにかく泣いてやるのが自然であるように感じました。

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