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不思議 その1「まずは定番ネタ、幽霊はいるのか、いないのか…①」


月夜 定番ネタですが、これは外せません。邪馬台国論争のように果てる事のないテーマでしょう。で、まず「いるのか、いないのか」を論ずる前に、幽霊なるものとは一体何であるのかを明確にしなければ論は進みません。何かわからないものをいる、いないと論じても、数学的に考えればどちらも間違いでどちらも正しいと言う事になります。「嘘に対しては、何を論じようがそれは全て正しい(もしくは間違い)」、0に何を乗じようが0というのと同じです。

私、よく「引っかけ」のつもりで「幽霊は…」という質問を人にしますが、「いる、いない」の議論に発展することはあっても、その幽霊なるものは何?という点に疑問を持つ人はほとんどいません。俗に言う象徴的な存在として幽霊というものが共有されている証拠でしょう。もし、私が「ポコペンて、いる、いない?」と聞けば、まず100%「ポコペンて、何?」という質問から始まるでしょう。

一般的な概念で行けば、人が死んだあと、まだ魂魄なるものをこの世に残し、生前の姿で人の前に現れる、といったところでしょうか。見た事があるという人もいれば、見たことはないという人もいます。そもそも、幽霊が人の姿をしているという以上、見たのが本当は(生きている)人なのか、死んだ後の人(?)なのかは判じがたいものと思います。「幽霊とは何ぞや」を明確に定義できなければこの論は成り立ちません。生きていた人間が死んで姿を現したのなら「生き返った」とも言えるじゃないですか。

もし、幽霊とは端的に「死んだ筈の人間が現れた姿」という事(表現)であれば、もう物理的に単純議論としては破綻しています。なぜなら、日本で、という事とすれば、一部の地区の特例を除いて、火葬が法律で定められています。つまり、一度「お骨」になっています。それが「人の姿」に戻るという事になると、どのような物質でできて「人の目に映るのか」ということが全く、仮説としても成り立たないからです。昔、エクトプラズマなる物質の力を借りて霊はこの世に姿を現すという話が誠しやかに取り上げられましたが、これとて「霊媒(なるもの、人物)」から放出される「たんぱく質の一種」とかいう解説がされていましたが、それでは霊媒なるもののいる場所でしか幽霊は現れられません。ちなみにエクトプラズマを科学的に分析できた学者、事例は無い筈です。…というように言われると、反論が難しくなります。というより、それで話は終わりになります。

まあ、話が硬くなりすぎましたので、軌道修正します。

幽霊なるものが厳格な定義になじまないものであるとするなら、「人の魂魄」としましょう。それが(メカニズムはおいといて)生前の姿を人の前に「見せた」ものであると。ちなみに私は幽霊自体をいるともいないとも断じた事は無く、あえて言えば「いないと否定はできない」という考えです。実はこれが「一元的な思考」と言えるのです。逆をいえば「いると断定もできない」ということです。一見ずるい考え方のようですが、幽霊のようなものに関してはそれが論理にも適った考え方なのです(と思う)。

事実、幽霊らしいものを見た事もありますし、それを否定されても、別に言い返すつもりもありません。錯覚と言われればそうでしょうし、見間違えと言えばそうでしょう。しかし、では「あれは」なんだったのか、という疑問、不思議さは消えません。事実、自分が見たものを合理的に考えられないなら、受け入れるしかありません。自分が見たものがなんであるのか、長く考えてきました。それは確かに人の形をして、あり得ない所にいました。

私が幽霊(らしきもの、としか言いようがない)を初めて見たのは小学生の頃、まだ8歳か9歳くらいの時だったと思います。子供ですから母親の布団にもぐりこんで寝ていましたが、その向こう隣りには父親の寝床があります。子供なのでいつも寝付きは早いのですが、何故かその日はなかなか寝付けず、ゴロゴロと寝返りをうっていました。両親はとっくに寝ています。母親の背中にしがみつくようにそれでもウトウトしかけていました。向こうには布団をかけて寝ている父親がこちらに背を向けています。

子供の私が寝入るか寝入らないかの時、あるものに気が付きました。背を向けて寝ている父親のちょうど腰のあたりに、年老いた女性の老人が向こうをむいて立っていました。子供ながら、その時は怖いとか怖くないとかは感じませんでした。その老女は確かに寝ている父親の腰の上に立っていました。着ている服はボヤッとした薄手の白っぽい着物のようで、昔の人のように髪を丸髷に結って、父親の顔の方を見るとはなしに見ながら、静かに立っていました。

夜は電気の豆球を付けて寝ていましたから、その程度の明かりの中で見えました。透き通っていたかどうかはハッキリと記憶していませんが、ボンヤリとした輪郭の存在でした。いまだにその時の情景は思い出せます。その老女、別に光っているような感じでもなく、豆球の薄明かりの中に存在感を持って立っていました。父親の腰の上に立っているなんて、誠に不自然な所にいます。しかし、見ている自分は特に不自然な光景とも思わず、しばらくその老女の後姿を見つめながら、不思議と怖いなどという感情もなく、そのうちに寝てしまいました。

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